城跡を美しく染め上げる桜を満喫!春の弘前城

弘前の地図

今回の行き先は【青森】
城跡を美しく染め上げる桜を満喫!春の弘前城

国内の城では数少ない江戸時代からの天守閣が今も現存する弘前(ひろさき)城。

明治時代に広大な公園に変わった城内にはたくさんの桜の木が植えられていて、日本列島をゆっくりと北上してきた桜前線が到達すると美しい桜の花々で城内が覆い尽くされます。

今回は、桜が咲く風景の美しさやその規模から「みちのく三大桜」の一つに選ばれた春の弘前城をご紹介します。桜と城の多彩な風景を堪能することができますよ。
 

江戸時代の天守閣が現代に残る東北地方唯一の城、弘前城

弘前城の桜(1)/天守閣と桜

下乗橋から眺めた弘前城の天守閣と桜(2011年5月2日撮影)

弘前城Yahoo! 地図情報)は、青森県の西部、津軽地方の主要都市の一つ、弘前市にある城。江戸時代の初めに津軽地方を治めることになった津軽為信が街造りを行った弘前の地に、為信の意志を継いだ息子、信牧が築城しました。

当時の地名は高岡だったため、城の名前も高岡城でした。しかし落雷により築城当初の五層の天守閣が焼失後、辰巳櫓を建てたのを機に高岡城から弘前城に名前を変更、街の名前も弘前に変わりました。その後、天守閣のない時代が200年ほど続いたものの、江戸時代後期に三層の天守閣が改めて建築されています。
 
弘前城天守閣

弘前城の三層の天守閣。江戸時代に建てられた貴重な建物です(2004年4月25日撮影)

そして明治の廃城令では、多くの城が取り壊しにあいましたが、弘前城は本丸御殿などが取り壊されただけで天守閣や石垣は無事残りました。

その結果、弘前城は東北地方では唯一、日本国内でも12しかない江戸時代の天守閣が残る貴重な城の一つとなりました。
 
弘前城の桜(2)/本丸のしだれ桜と天守閣

弘前城の天守閣と本丸にあるしだれ桜(2011年5月2日撮影)

一般の人たちが城内に入れるようになったのは、明治時代も中盤の1895年(明治28年)になってからのこと。津軽為信から続く津軽氏の子孫の願いが叶えられ、城跡が弘前公園として開放されました。

江戸時代中期から桜の木はあったとのことですが、本格的に桜が植栽されたのは、明治時代に入ってから。桜の本数の増加に伴い、大正時代には桜の名所として幅広く知られるようになりました。

現在は角館(かくのだて、秋田県)、北上展勝地(岩手県)と並んで「みちのく三大桜」の一つに数えられており、桜の開花時期には弘前さくらまつりが開催され、毎年多くの人たちで賑わいます。

それでは、素晴らしい弘前城の桜を訪ねてみましょう。次ページに続きます。