ベトナム宮廷文化の至宝、世界遺産「フエの建造物群」
鳳凰が両翼を広げた姿を象った王宮の午門。皇帝や貴族専用の正門で、庶民の出入りは許されなかった
同時に、フエはベトナム戦争の激戦地であり、王宮の多くは1960年代に破壊されてしまった。今回はグエン朝期の文化遺産であり、「負の遺産」の側面を併せ持つベトナムの世界遺産「フエの建造物群」を紹介する。
日本料理とベトナム料理、フエ料理
1805年の創建で、1833年に改築された王宮・正殿、太和殿。高さ約12m、幅約44mの建物で、内部は至るところ皇帝を示す龍の彫刻で彩られている
フエ名物ブンボーフエ。フォーよりかなり太い米麺を使っている
たとえばブンボーフエ。米麺・牛・フエ風という意味を持ち、中華スープのように牛でしっかりダシをとり、中国や東南アジアでよく見かける米麺を入れていただくフエの名物料理なのだが、タイやカンボジア料理のようにニョクマム(魚醤。タイのナンプラー)で味を調え、トウガラシやレモングラス、パクチー、ミントなどのスパイスや香草をふんだんに入れて香りを高めている。
ベトナムでは定番の朝食、バインミー
味付けは全体的に中華に近いけれど、それほど油は多用していない。ダシはしっかり取る一方で、東南アジア諸国のようにスパイスや香草もはっきり効かせている。全体としては、やはりベトナム料理としか言えないオリジナリティを持っている。
特にベトナム中部の都市フエは「フエ料理」と呼ばれるジャンルを持つほど豊かな食文化を誇っており、中国の影響が強い北部や東南アジア色が強い南部とは少々異なるベトナムらしい料理が味わえる。
中国・フランス・東南アジアの影響が残る「フエの建造物群」
中国庭園が趣深いミンマン帝廟。ザロン帝が建設をはじめた王宮を完成させたミンマン帝は、フランスの影響力を排除し、キリスト教を禁止して外国勢力と文化の流入を防ごうとした
王宮・紫禁城内にある紹芳園という庭園に隣接した書楼、太平楼。中国とベトナム建築が融合した折衷的なデザインだ
旧市街は三方を一辺約2.5kmの運河、もう一方をフォン川(香江)に囲われた空間で、その内側は剣型の突端を持つギザギザの城壁で守られている。これがグエン朝(阮朝)の都城=フエ城で、ここだけ見ると五稜郭の城郭に酷似しており、近代ヨーロッパの堅牢な城塞を思わせる。
この中に東西約650m×南北約570mの内堀と城壁があり、中には王宮が広がっている。王宮の外観はまさに中国の宮殿だ。
宮殿には正殿である太和殿、皇帝の住居である紫禁城などの建物があるのだが、もちろんこの名は中国の世界遺産「北京と瀋陽の明・清朝皇宮群」の北京・紫禁城(正殿は太和殿)から採ったものだ。フエの紫禁城も黄金の瓦、黄金の玉座、黄金の龍といった黄色を主体とした壮麗なデザインで装飾されているが、黄色や龍が皇帝を示すのは中国と同様だ。
・フエの都城(Google Map。周囲のギザギザが星型城郭。その中にある四角が王宮)
コロニアル風のデザインが特徴的な王宮・寿址宮の静明楼。このように王宮内にもさまざまなデザインの建物がある
中国庭園の落ち着いた雰囲気を醸し出しているのがミンマン帝廟だ。中国式の宮殿の周囲には広大な庭園が広がっており、所々に兵馬俑を思わせる兵士やゾウの石像が置かれている。閑静な庭園とは対照的に、正殿の崇恩殿は黄金と赤で派手に装飾されており、都城の王宮と多くの共通点を持つ。
これに対してカイディン帝廟はフランスの王宮のようだ。バロック式のエントランスには鉄製のゲートが設置されており、内部の建物も多くが石造り。ゴシック式にもアンコール朝のヒンドゥー寺院にも見える不思議な建物が多く、彫刻やレリーフもバロック式の植物・幾何学紋様に、雲や龍・鳳凰などの中国・東南アジア風の模様が入り交じっている。大理石造りの正殿・啓威殿は青を基調とした西洋風の空間で、ギラギラとした他の皇帝廟の正殿と少々味わいが異なっている。
ベトナムは中国・フランス・東南アジアの影響を強く受けながら独自の文化を築いてきた。その集大成がフエ料理であり、世界遺産「フエの建造物群」なのだろう。