将棋/将棋関連コラム

驚愕のリアル車将棋、なぜトヨタが……(2ページ目)

2015年2月8日。将棋ファンのみならず、世間が度肝を抜かれた。なんと西武ドームに巨大将棋盤が登場したのである。駒となる自動車を提供したのは、世界の横綱企業トヨタであった。題して『リアル車将棋』。いったいなぜ、あのトヨタが……。

有田 英樹

執筆者:有田 英樹

将棋ガイド

将棋の持つベンチャー性とトヨタ

将棋はベンチャー競技だ

将棋はベンチャー競技だ

横綱はどっしりと受ける。相手がどんな技で来ようとも、しっかりと受け止める。だが、挑戦者は攻めねばならない。企業で言えばベンチャーが受けに回っていては、勝負にならないのだ。そして、将棋という競技はベンチャー精神をベースとしているのである。

実は、全ての駒は、攻める性質を持っているのだ。将棋では、後方へ動けるマスの数が、前方のそれより多い駒は存在しないのである。かろうじて、「王」「飛」「角」が前後に同じマス数だけ動けるが、「歩」「桂」「香」に至っては、まったく後ろへは下がれないのだ。敵陣めがけて突入するのが将棋駒が持つ特性なのである。

かように、ベンチャー精神旺盛な駒達が躍動するのが将棋だ。そして『リアル車将棋』は、まさしく史上初であり、突拍子もない攻めと言えるイベントなのだ。王道を歩んできたトヨタが、このベンチャー・イベントに乗った。しかも、真剣にである。すでに述べたようにトヨタは40台を用意し、早稲田大学の自動車部部員と自前のテストドライバーに事前研究を課した上で、このイベントを託したのだ。

何故の真剣さか。ふと思う。世界的な不況が懸念される今、横綱トヨタはベンチャーたらんとしたのではないか。なりふり構わぬ、言わば新弟子のような相撲をとろうとしたのではないか。トヨタは、勝つ気ではなく、ぶつかる気の勝負に出たのだ。

あっ!私は、かつて何度も耳にしたあのフレーズを思い出していた。


大きいことはいいことだ

「大きいことはいいことだ」……。50代以上の人は耳に焼き付いているだろう。我が国初のオリンピック開催という興奮が冷めぬ昭和40年代。このフレーズが日本中を席捲した。小さな幸せを目指してきた国民に、大股な経済成長を実感させることになったこのフレーズ。実は菓子メーカーの森永が発信元だ。

森永は従来の板チョコよりも大きな商品を世に問うた。エールチョコである。もちろん、コマーシャルを打つ。広まってきたカラーテレビを通じ、森永は、実に1000人を超える合唱団を組んで歌わせたのである。いわく「大きいことはいいことだ」。当時、ひょうきんで明るい指揮者として人気を博していた山本直純が、指揮棒も折らんばかりに元気よく画面に踊る。この壮大なコマーシャルは、私たちの度肝を抜いた。

森永は自社の「ハイクラウン」というヒットチョコを持ちながら、さらに大型のチョコをぶつけたのである。だから、同時代を生きた私たちは知っている。これこそが「本物の景気」だということを。それは怒濤のように押し寄せた。昨今のようなデフレ対策だ、円高是正だ、などという経済政策などとは次元の違う「本物」が大きく手を広げたのだ。


トヨタの巨心

おそらく……。おそらくトヨタは本物の景気を作ろうとしたのではないか。将棋という40センチ四方の世界を、ドームという巨大なステージに乗せる。その壮大さが今のトヨタ・スピリットを体現するものだったのではないか。

だからこそ、この突拍子のない、言葉を悪くすればバカバカしい土俵に、トヨタという横綱が上がった。西武ドームに再現された「大きいことはいいことだ」……これは、ただ単に物体そのものの大きさを謳っているのではない。その裏にある精神性の大きさを謳歌しているのだ。目を引く巨盤に巨駒。だが、そのバカバカしさに、果敢に挑む精神性こそ巨大なのである。

造語を許してもらうならば「巨心」だ。トヨタの巨心はきっと大いなる景気を生む。余談を語らしていただきたい。たまたまだが、森永の既存チョコもトヨタの名車も「クラウン」の名を有していた。そして、クラウンを持つものは「王」そのもの、つまり将棋駒の頂点なのである。


トヨタに期待するもの

私は、将棋ガイドとして、このトヨタの取り組みに感激だけではなく感謝をしている。そして、願う。世界のベンチャー横綱トヨタよ。できうるならば、「角行」のように斜めに進める車を造ってほしい。「飛車」のように一アクセルでどこまでも進む車を造ってほしい。「桂馬」のように前の車を飛び越していける車を造ってほしい。さらに願う。その車たちに、駒の名を着けてはくれないか。トヨタ・ヒシャ。響きも良い。いかがであろうか、ベンチャー横綱。

2015年2月8日は、将棋ファンにとって忘れ得ぬ日となった。
その日……。
「大きいことはいいことだ」。
私は心の中で歌いながら、小さな盤面に詰め将棋を解いてみた。

追記

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