ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.5 市村正親、舞台への尽きせぬ愛(2ページ目)

『オペラ座の怪人』の続編にして完結編である『ラブ・ネバー・ダイ』が、遂に日本で初演!立ち見も出るほど盛況だった1月22日の製作発表ではメインキャストがずらりと並び、楽曲の一部も披露されましたが、その中でやはり存在感を放っていたのが怪人役の市村正親さん。鹿賀丈史さんとダブルキャストでこの役を演じる彼に、本作への思い、役者という仕事の醍醐味を語っていただきました。*初日観劇レポートを追記更新しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

『ラブ・ネバー・ダイ』日本版・初日観劇レポート
めくるめく音楽がいざなう「不変の愛」の物語

『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(市村正親)、クリスティーヌ(濱田めぐみ)undefined撮影:渡部孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(市村正親)、クリスティーヌ(濱田めぐみ) 撮影:渡部孝弘

オーケストラピットで指揮棒が振り下ろされると、劇場は一瞬にして音の魔法に包まれます。響き渡るのは重厚かつ甘美、“これぞロイド=ウェバー”のメロディ。舞台上には作曲に没頭するファントムの姿が浮かび上がり、ゆっくりとこちらを向いた彼は、まるで不在の年月に思いを馳せるかのごとく客席を見渡し、歌い始めます。「今日まで 虚しく長い10年……」。『オペラ座の怪人』続編を待望していた人々の前に、『ラブ・ネバー・ダイ』は「待ってました!」の掛け声がかからんばかりのたっぷりとした幕開けとともに、3月12日、その全貌をあらわしました。
『ラブ・ネバー・ダイ』撮影:渡部孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』撮影:渡部孝弘

数々の惨劇の後にファントムが忽然と姿を消した、あの“パリ・オペラ座の怪人事件”から10年。ファントムはマダム・ジリー親子に助けられて密かに海を渡り、ニューヨーク郊外の遊興リゾート、コニー・アイランドの経営者となっています。しかしクリスティーヌへの思いは絶ちがたく、自作の曲「愛は死なず」を歌わせたい一心で、偽名を使い、彼女をパリから招聘。それが想像だにしなかった、悲劇の発端となることも知らずに……。
『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(鹿賀丈史)、グスタフ(山田瑛瑠)撮影:渡部孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(鹿賀丈史)、グスタフ(山田瑛瑠) 撮影:渡部孝弘

序盤はとにもかくにも、濃厚な音楽と絢爛たるビジュアルとが、客席を飲み込まんばかりの勢いで迫ってきます。ガブリエラ・ティルゾーヴァが衣裳とともに担当したセットは曲線づかいを特徴とし、時にアール・ヌーヴォー、時にダリ風。冒頭に白塗りの妖しい3人組が案内するコニー・アイランドのメリーゴーラウンドは、無数の電飾に彩られ、未曾有のきらびやかさです。またファントムがクリスティーヌの子グスタフを自身の世界へ案内するシーンでは、異形の生物たちが氷を思わせる四角錐のガラスケースに閉じ込められ、青い光を浴びて鎮座。それが、怪人たちが歌うへヴィー・メタル調のナンバー「美の真実」が熱を帯びるに連れ、彼らもケースの中で身をくねらせ、闇の中に秘められていた“江戸川乱歩”的倒錯の世界が、このひとときだけ炸裂します。10歳のグスタフは初めて目にする世界に高揚し、怪人の「これを美だと思うか」との問いかけに「Yes」を連発。世にミュージカルは数々あれど、確実にミュージカル史に残る、衝撃的な光景であると言えましょう。
『ラブ・ネバー・ダイ』ラウル(橘慶太)

『ラブ・ネバー・ダイ』ラウル(橘慶太)撮影:渡部孝弘

クリスティーヌ一家がニューヨークに到着して以降、舞台は赤裸々な人間ドラマとしての迫力を加えていきます。『オペラ座の怪人』で美男美女の当然の帰結として結ばれたクリスティーヌとラウルは、ラウルが酒と賭博で身を持ち崩したため、クリスティーヌが歌姫として稼ぐことで、ようやく関係を維持。またマダム・ジリー親子はいつか報われることを夢見てファントムに尽くしていますが、彼と心が繋がっているようには見えません。これらの人間関係が、ファントムがクリスティーヌと再会し、(『オペラ座の怪人』では語られていない)二人の愛が再燃することで大きく揺らぎ、彼らは内面をさらけ出して求め合い、衝突を始めるのです。
『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(市村正親)、グスタフ(松井月杜)撮影:渡部孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(市村正親)、グスタフ(松井月杜)撮影:渡部孝弘

『オペラ座の怪人』を観たことのある人ならば、物語の進行につれ、“前作”の構成要素が様々にアレンジされ、登場していることに気づかされるでしょう。前述の「美の真実」のくだりは“前作”で怪人がクリスティーヌ(と観客)を地下世界へと誘うナンバー「オペラ座の怪人」の相似形ですし、その後にセットがくるりと回り、隠れていたマダム・ジリーが怪人のグスタフへの心情に憤るシーンは、“前作”で怪人がクリスティーヌとラウルの逢引を目の当たりにし、復讐を誓う場面を容易に思い出させます。ファントムの求めに応じてクリスティーヌが歌うのかと登場人物たちがやきもきする多重唱「負ければ地獄 カルテット」も、“前作”の多重唱「プリマドンナ」同様、各々が不安を抱えながら自分の立場を確認するように歌うスリリングなナンバー。このほか、特に怪人に関しては“前作”の音楽モチーフが随処に、意味ありげに登場するため、『オペラ座の怪人』ファンにとっては?前作ではこういうシーンで使われたモチーフだから、ここでの怪人の心理は……”などと、推測してゆく楽しみもあります。
『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(鹿賀丈史)、クリスティーヌ(平原綾香)撮影:渡部孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』ファントム(鹿賀丈史)、クリスティーヌ(平原綾香) 撮影:渡部孝弘

初日のキャストはファントム=市村正親さん、クリスティーヌ=濱田めぐみさん、ラウル=橘慶太さん、メグ・ジリー=彩吹真央さん、マダム・ジリー=鳳蘭さん。市村さんは、ファントムがクリスティーヌとの再会によって、10年間抱き続けた愛を抑えようもなく噴出させてゆく様をエネルギッシュに表現。濱田さんはさすが『アイーダ』『ウィキッド』等で、切迫した状況下に生きるヒロインを演じてきた女優とあって、終盤のクリスティーヌの決断をメロドラマ的なよろめきではなく、芸術家としての本能が呼びさまされ、“音楽”を選んだ結果として見せ、説得力を与えています。
『ラブ・ネバー・ダイ』メグ・ジリー(彩吹真央)撮影:渡辺孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』メグ・ジリー(彩吹真央)撮影:渡部孝弘

また、本作のラウルとメグ・ジリーは残酷なまでに悲しい役回りですが、その分、人間くさく魅力的なキャラクター。ミュージカル初体験の橘さんは身分、富、若さ、外見と全てに恵まれながらその重荷に耐えきれず零落し、さらには愛し合い結ばれたと思っていた女性の秘密を知ってうちのめされるラウルを、誠実に表現。彩吹さんも、この人を助けたい、この人に認められたいという純粋な思いで舞台に立っていた気立てのいいメグが、手ひどく裏切られ、正気を失ってゆく様を段階を追い、鮮やかに演じています。鳳蘭さんのパワフルで大きな演技は、“怪人の相似形”である本作のマダム・ジリーの存在感を十二分に体現。また、この日のグスタフ役、松井月杜さんは難しい旋律も丁寧にこなし、口跡も明瞭で、物語のキーマンとしての大役をしっかりと果たしていました。
『ラブ・ネバー・ダイ』ラウル(田代万里生)、グスタフ(山田瑛瑠)撮影:渡部孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』ラウル(田代万里生)、グスタフ(山田瑛瑠)撮影:渡部孝弘

初日のこの日、カーテンコールでは演出のサイモン・フィリップスら、今回の舞台を手掛けたオーストラリア版のスタッフたちが舞台に上がり、怪人役の市村さんに紹介された後、「この作品の作者です」とロイド=ウェバーその人が登場。「素晴らしいプロダクション、キャスト、美術でこの作品を観ることが出来、幸せです。オーケストラも素晴らしかった。私たち同様、皆様が楽しんでくれたことを祈ります」と笑顔で挨拶しました。
『ラブ・ネバー・ダイ』メグ・ジリー(笹本玲奈)撮影:渡部孝弘

『ラブ・ネバー・ダイ』メグ・ジリー(笹本玲奈)撮影:渡部孝弘

本作では作曲にとどまらず、ベン・エルトンらと共同で脚本も手掛けたロイド=ウェバー。今回、その日本版開幕に駆け付けた彼を見て、やはり本作はロイド=ウェバーその人の内面の強烈な反映であり、『オペラ座の怪人』の発表後に蓄積された思いの成就なのだと感じさせられたのは、筆者だけではないでしょう。美しき芸術世界と、思い通りにはゆかない現実世界の拮抗。容赦なく過ぎる歳月とともに変わる人々。それでも存在すると信じたい、不変の、そして至高の愛……。20代にして彗星のようにミュージカルの世界に現れたロイド=ウェバーも、今や66歳。観る側も年輪を重ねれば重ねるほど、本作の中に彼の思いを感じ、共感が深くなる。そんな作品であるのかもしれません。
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