歌舞伎の楽しみ方レシピ「鳴神」
歌舞伎の楽しみ方レシピ「鳴神」
あらすじ
朝廷との諍いがもとで、鳴神上人は行法を用いて竜神を封じ込めている。そのため都には雨が降らず人々が困窮している。その人も通わぬ山奥へ、非常に美しい女、雲の絶間姫(くものたえまのひめ)が訪れる。彼女は夫を亡くし、その形見の衣を洗いたくてここまでやって来たのだと語ります。鳴神(絶間姫の話に聞き入る場面)
特に、その魅力に引き込まれていく過程では、絶間姫の乳房に触れたりという場面も盛り込まれており、エロスとユーモアが同居する面白い演出が見られます。
その後、夫婦になるためのその誓いの杯を、と酒を飲まされ、鳴神は正体をなくしてしまう。それと見るや絶間姫は竜神を封じ込めた注連縄(しめなわ)を切り捨て、竜神を天へと放つ。やはり彼女は朝廷のスパイであり、その美貌を買われての役目だったのです。それまでの空が嘘のように、振りくる雨を見た鳴神は女の裏切りを知り、雷の化身となって後を追っていくのでした。
みどころ
これは単なる男の堕落劇ではありません。それが亡くなった十二代目團十郎の鳴神を見ているとよくわかりました。鳴神上人は、芝居の中でも言われていますが、幼少の頃より女性の身体に触れるどころか、その姿も見たことがない。つまり、身体は成人しているものの、女性に対しては無垢な少年のままだと言うことができます。その純粋さがあるからこそ、鳴神上人には法力が宿り、上人たりえているわけです。つまり、鳴神にとって絶間姫は「初恋の人」だったといえます。
その無垢な少年の心を持った上人の前に、宮廷一とされる美女・絶間姫が、その魅力の全てを持って篭絡(ろうらく)しようとするのだから、鳴神が抵抗できるはずもありませんでした。そして心から絶間姫に恋して、その純粋な気持ちを裏切られたからこそ、彼は雷の化身となってまで後を追っていくのです。
もし、鳴神を単に女好きの僧のように演じてしまったなら、これは単なる堕落坊主の芝居になってしまうし、最後の「変身」にも説得力がなくなってしまいます。「少年の心」があればこその芝居なのです。このことは「荒事は十代の無垢な少年の心で演じる」という市川家に伝わる芸談からも理解できます。前半の芝居の中で、その純粋さを表現できるかどうかが、この芝居を「神話劇」として成立させるかどうかの鍵だと言えます。
芝居の幕開きは鳴神と、その弟子・黒雲坊、白雲坊のユーモラスなやりとりから始まり、幕開きから鳴神の堕落まで、前半は絶間姫の色っぽいしぐさや、鳴神が彼女の手練に翻弄される芝居が中心になります。
特に絶間姫の、自らの境涯(きょうがい)を鳴神に語って聞かせるくだりは見せ場の一つ。この話が魅力的でないと鳴神が彼女に興味を示すくだりが弱くなってしまうからです。かといって下品になってしまってもいけない。絶間姫は遊女ではないからで、ここらが役者の腕の見せ所でしょう。
また、絶間姫に心を奪われていく鳴神も、先に書いたとおり、あくまで「まったく女性を知らなかった少年」の心が感じられなければいけません。絶間姫の身体に触れるときも、はじめは、単に女性の身体が不思議でならない、という「純粋な興味」であるはずです。ここで最初から好色じみて見えてしまったら、この芝居は失敗です。徐々に絶間姫に少年が絡め取られていくからこそ、後半の芝居が盛り上がります。
その後半は、絶間姫が鳴神に心の中で詫びながら、封印の注連縄を切り放つところから徐々に芝居のテンポが変わっていきます。絶間姫は役目を終えて、ここで舞台から退場します。
鳴神上人
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