「わらしべ長者」というお話をご存じだろうか?
子ども達に人気の現代に伝わるおとぎ話である。実は、この「わらしべ長者」に、将棋上達に通じるヒントがあると言えば、驚かれるだろうか?ご存じない方のために、あらすじを紹介しよう。貧しい男が、夢の中で観音さまから「手に入った物を持って旅にでなさい」と言われる。男はお告げを信じ、旅に出ようとするが、その矢先、つまづいて転んでしまう。手を見ると、そこには「一本のわらしべ」があった。男はアブを捕まえ、わらしべの先に結び付けて旅に出る。
途中、泣きじゃくる赤ん坊がいたので、アブつきのわらしべをあげる。すると母親がお礼にとミカンをくれた。次に出会ったのは、のどの渇きに苦しむお嬢様。ミカンをあげると、お返しに、上等な反物をくれる。このように、誰かに出会うたびに、元々は単なる「わらしべ」がどんどん、高価なものに換わり、最後には屋敷を手に入れてしまう。そんなお話である。
将棋の「しょ」の字も出てこない、このお話のどこが、将棋に関係するのか……。
避けて通れぬ駒の交換
将棋という競技が目指すものは、相手の「王将」を詰めることである。その目標にいたるまでに、避けて通れないものがある。それがお互いの「駒の交換」である。一方的に、こちらだけが敵の駒を取るなんてことはあり得ない。駒を取れば、取られる。これが将棋であり、そこに戦術や戦略の面白みが生まれてくるのだ。さて、ではどんな要領で駒を交換していけば、勝負を有利にすすめることができるのか?交換……。もう、お気づきの方もいるだろう。ここにこそ「わらしべ長者」の発想が生きてくるのである。主人公が、物々交換によって「わら」を「屋敷」に換えたように、私たち将棋プレーヤーは駒々交換によって、大きなお得をねらうべきなのだ。
そこで、問題になってくるのが、駒の価値である。貧しかった主人公にとって「わら」より「みかん」、「みかん」より「反物」、そして、「屋敷」が高価値であったのは間違いない。では、将棋プレーヤーにとっての「わら」とは何なのか、また「屋敷」とは何なのか。
題して、「わらしべ長者作戦」だ。
駒の価値を考えよう
ご存じのように、将棋の駒は8種類ある。「王将」「金将」「銀将」「桂馬」「香車」「角行」「飛車」「歩兵」だ。この中で一番価値の高い駒は、はっきりしている。「王将」だ。なにせ、「王将」が詰まれた時点で、競技は終了なのだから。将棋川柳に次のような作品がある。「へぼ将棋 王より飛車を かわいがり」
気持ちはよくわかる。しかし、これでは敗北一直線である。詰まれればすべてが終わってしまう「王将」は別格である。では、「王将」以外の駒の価値はどうなのか?
駒の価値は変動相場制
実は、場面(局面)ごとに変わってくるのである。これは、「わらしべ長者」のお話とも共通している。泣きじゃくる子に困る親にとっては、アブつきのわらしべの方がミカンよりも価値があるだろうし、のどの渇いたお嬢様にとっては、ミカンの方が反物よりも価値があるのだ。つまり、その価値は変動相場制だ。上図をご覧いただこう。この場面で敵の王将を詰めるために、必要な駒は何だろうか?次の3つから選んでほしい。
- 飛車
- 金将
- 桂馬
この局面で力を発揮してくれる駒は、2の金将である。5二のマスに金将を打ち込めば、それで終了だ。それ以外の駒は、王将を詰むことができない。だから、この局面で、一番価値の高い駒は金将ということになる。
では、上図ではどうだろう。この場面で敵の王将を詰むのに必要な駒は何だろうか?
- 飛車
- 金将
- 桂馬
この局面で一番ありがたい駒は、3の桂馬である。4三、あるいは、6三のマスに桂馬を打てば、敵の王将は動けなくなる。つまり、投了するしかないのだ。金将でも飛車でも、その役目を果たすことができない。
このように、局面ごとに駒の価値は変動する。「王」よりかわいがられるはずの「飛車」さえも、場合によっては「桂馬」より価値が低いのだ。駒の価値が変動相場制であることが、おわかりいただけたと思う。だが、ここで問題が生じてくる。では、具体的にどうやって駒交換すればいいの?という原点の問題である。
駒得シミュレーション
将棋には「駒得」という考え方がある。駒の価値は変動相場制であるが、それは、例でもあげたように、詰むか詰まぬかなどの一大事の時が主であり、一般的には、動ける場所の数、機動力によって、その価値に差がついている。低い方から順に並べていこう。「歩兵」「香車」「桂馬」「銀将」「金将」「角行」「飛車」の順だ。そして、自分が持つ一般価値の低い駒と、高い相手の駒を交換することを「駒得」と言うのだ。「わらしべ長者」で言えば、「わら」が「歩兵」、「屋敷」が「飛車」となるだろう。主人公は、完璧な駒得を体現していたのだ。では、みなさんも「駒得」感を味わっていただこう。
そのために、「駒得」シミュレーションを用意した。実は、このシミュレーションの原案は、あの史上最強アマと言われる早咲誠和アマ名人によるものだ。「駒得」に「変動相場」を加味したすぐれものである。ぜひ、あなたも「将棋わらしべ長者」を体感してほしい。では、さっそく、駒と盤を用意していただきたい。
開始局面を並べよう
1図のように駒を並べていただきたい。ここからが、スタートだ。持ち駒は「歩兵」2枚である。さながら、「わら」と「アブ」のようなもの。さあ、めざせ駒得、わらしべ長者。さて、この局面で、あなたなら、どこに注目するだろうか?局面を見て、ピンときた方もいるかもしれない。はてさてと考え込んでしまった方もいるだろう。頭をひねっている方にヒントを差し上げたい。どこかに「歩」を打ち込めば、ある駒を取ることができるのだ。
「歩」が「桂」に
開始局面、「▲2二歩」と打てば、相手の桂は逃げ場がない。さて、後手はどうするか?「桂」を取られたあげくに、「と金」が残ってしまっては、たまらない。そこで、「△3二銀引」と「と金」を防ぐ手に行く。先手は「と」は作れないものの、「歩」と「桂」の駒得に成功である。棋譜にしておこう。(1図から)▲2二歩 △3二銀引 ▲2一歩成 △同 銀(2図)
さて、あなたも、上記のように駒を動かしてほしい。すると2図の局面になる。
いかがだろうか。駒台には、今までなかった「桂」がのっている。みごとに「歩」と「桂」の駒得交換に成功した。ところが、これで終わりではない。まだまだ、わらしべ長者の旅は続くのだ。さて、2図からあなたならどうする?ヒントは両取りだ。
「桂」が「銀」に
そう、▲3三桂と打てば、相手の銀がどちらか取ることができるのだ。さて、相手としては、銀をタダで取られてはたまらない。△3二銀左で、桂を取る手段に出る。もちろん、それでも、こちらは▲4一桂成 であり、相手は△同 銀とくる。棋譜にしておこう。(2図から)▲3三桂 △3二銀左 ▲4一桂成 △同 銀(3図)
これで、もともと「歩」だったものが、「桂」に換わり、さらに「銀」に換わったことになる。駒得に成功し、3図のようになった。
めでたしめでたしである。ところが、ここでも「わらしべ長者」の旅は終わらない。さて、3図から何かいい手はないだろうか?
「銀」が「金」に
この局面からなら、▲6一銀という手がある。ななめうしろに下がれない「金」の弱点を突く手だ。後手もタダで「金」を取られてはたまらない。△6二金右と、せめて「銀」を取り返す手にきたとしよう。先手は、もちろん、それでも▲5二銀成と金を取る。そして、△同 金である。では、棋譜にしてみよう。(3図から)▲6一銀 △6二金右 ▲5二銀成 △同 金(4図)
ここで満足してはいけない。さらに駒得の旅は続くのだ。さて、4図からの次の一手を考えていただきたい。
「金」が「角」に
そう、ここでは▲7四金という好手がある。飛車と角のどちらかが入手できるスゴ技である。後手は△8二飛と飛車を下げる。もちろん、先手は▲8四金と角を取る。 角は取られたものの、後手は△同 飛と金を取り返す。では、棋譜にしてみよう。(4図から)▲7四金 △8二飛 ▲8四金 △同 飛(5図)
さて、駒得の旅は、駒台の駒を「歩」から「角」へと換えてくれた。だが、5図をよく見れば、まだまだいけそうだ。お気づきだろうか。ここで必殺技がある。
いよいよ「飛車=屋敷」を手に入れる時がやってきた
そう、この局面から、▲7三角と打てば、なんと、王手飛車取りだ!後手は泣く泣く、△8二飛と王を守りつつ、飛車を下げる。もちろん、ここで▲同角としても、飛車が手に入る。だが、ここでは、駒台に乗っているアブにも活躍してもらう手が生じている。そう▲8三歩だ。棋譜に記そう。(5図から)▲7三角 △8二飛 ▲8三歩(6図=最終図)
これで、相手の「飛車」は、もう、どうしようもなくなってしまった。とうとう「歩兵=わら」が「飛車=屋敷」へと交換されたのだ。
おわりに
これで、駒得シミュレーションは旅の終了となった。もちろん、後手の受け方に問題があったわけだが、このシミュレーションを繰り返せば、受け方のどこが悪かったのかということもわかってくる。また、知らず知らずに攻める場合の「手筋」と呼ばれる、将棋の技術を身につけることにもなる。攻めと守りの両方のスキルアップがねらえるのだ。今回は、「わらしべ長者」のお話を元に、駒の価値が変動相場制であること、そして、駒得という考え方の2つをガイドした。ぜひ、あなたも、「わら」を「屋敷」に換えていただきたい。くれぐれも王より飛車をかわいがらぬように……。
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