棟梁の手仕事のぬくもりに包まれた、古き良き木造教会
美しい湖畔の道を歩いてやがて見えてくる、素朴な佇まいの木造教会
フィンランド中部の都市ユヴァスキュラから、ローカル列車またはバスで30分ほど西に向かった街ペタヤヴェシ(Petäjävesi)にある古い教会は、1760年代前半に建てられました。建造にあたったのは、ヤーッコ・レッパネン率いるこの地域の棟梁たち。教会は壁も屋根もすべてこの土地の松の木を使って造られていて、壁が黒っぽく見えるのは、防腐のために同じく松から採れるタールを表面に塗ってあるからです。
ペタヤヴェシは湖水地方に位置する街なので、教会周辺にも美しい湖畔の風景が広がる
フィンランド中部地方は、内陸であるがゆえに、西側のスウェーデン文化も東側のロシア文化も直接流入するに至らなかった地域。だからこそこのエリアには今でも、遠方から聞き知るキリスト教会なるものを、手に入れうる素材(木材)と独自の技法やアイデアによって地元の大工たちがそれらしく作り上げた、ユニークで郷土性の反映された建物が数多く残っているのです。現在このペタヤヴェシの古い教会は、断熱や収容人数の問題などから結婚式など特別儀式にのみ使われています。けれどその状態の美しさゆえに1994年にユネスコの世界文化遺産に登録され、以後はるばる観光客たちが訪れる場所となりました。
風光明媚な湖畔に建てられているのは、湖を水路として、冬場はその上を歩いて、村人誰もが教会へと通いやすいようにという当時の配慮から。また十字形の土台を持った教会本堂の前にそびえる、釣鐘型の屋根が特徴的な鐘楼は、1820年代にヤーッコの孫であるエルッキ・レッパネンによって増設されました。
床が心地よく軋む内部空間。天井のイニシャルにも注目
壁や椅子はもちろん、天井から吊るされるキャンドル装飾まで木造で、手作りの温もりにあふれている
教会内部もやはり、壁、梁、床や天井はもちろんのこと、信者の座る椅子や祭壇、説教台、さらには天井から下がるキャンドルランプ装飾までが、すべて丁寧に木材で作られています。床を軋ませて歩き、カンナの削り跡もそのままに残った温もりあふれる木肌に触れると、この片田舎で200年以上も役目を果たしてきた小さな教会の歴史がありありと蘇ってくるかのようです。
棟梁たちが天井に残したイニシャルの微笑ましい誤字にも注目
天井を見上げてみると、器用に木材を組み、石造りの教会のドームを再現したかのような八角形の丸天井が目を引きます。その材木の端々に書かれたアルファベットは、実は建造に携わった棟梁たち自身が施したという、自分の名前のイニシャル。けれどよく見てみると、Sが逆さまになっていたりとちょっぴり奇妙!当時の棟梁たちの識字力はまだ乏しく、アルファベットさえまともに書けなかった……という微笑ましいエピソードを物語っています。
思わず見とれてしまう、あまりに独創的な聖人たちの像
大工たちが想像力をはたらかせて表現した聖人や使徒、天使たちの独創的でユニークな姿には思わず見入ってしまう
この内部空間で何といっても目を奪われるのが、みずから柱となって説教壇を支える聖人の像と、周辺にたくさん散りばめられた使徒や天使たちの、あまりに独創的な姿。訪問客は思わずこの聖人の前に立ち止まり、しばし呆気にとられてしまいます。けれどこれらもやはり、本場のキリスト文化に触れる機会のなかったこの地域の棟梁たちが、おのおの想像力をはたらかせて表現した、れっきとした教会のシンボルと言えるでしょう。
同じ木造建築と言えども、ペタヤヴェシの教会の規模や技巧は、私たちの国で世界遺産登録されている宮大工の建築とは比較しようがないほど素朴で簡素。とはいえこの教会では、極北の地にたどり着いたキリスト文化の思いがけない姿や、今も昔も変わらないフィンランド湖水地方の愛すべき風土と歴史が、実に微笑ましく、そして味わい深く感じられるのです。
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夏季以外の訪問前には予約連絡を忘れずに
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Petäjäveden vanha kirkko(ペタヤヴェデン・ヴァンハ・キルッコ)
住所:Vanhankirkontie 9, 41900 Petäjävesi
TEL:+358 40 582 2461
アクセス:ユヴァスキュラから列車で約30分、ペタヤヴェシ駅から徒歩約20分
開館時間:6~8月毎日10:00~18:00
休館日:なし(特別礼拝やイベント中は立ち入り不可)
※それ以外の季節は、3日前までにメールまたは電話で要事前予約
入場料:6ユーロ(学生4ユーロ)