世界で最も優勝したプロゴルファー

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今年から契約となったアダムス「スーパーLS」ハイブリッド

最近のゴルフファンの中は、馴染みが薄い方もいるかもしれません。ここで簡単にジャンボ尾崎プロの足跡を紹介しましょう。

尾崎プロは、1947年徳島県出身。高校時代は野球部のエースとしてセンバツ高校野球で優勝。卒業後は、プロ野球、西鉄ライオンズ(現在の西武)に入団するという野球エリートでした。しかし、西鉄を2年で退団し、プロゴルファーを目指します。

そこからは怒涛の快進撃。1971年の日本プロゴルフ選手権で初優勝していらい重ねてきたこれまでの優勝は、なんと113勝(ツアー施行後94勝)。世界でもっとも優勝回数の多いプロゴルファーです。

海外では活躍していないという非難を受けることもありますが、マスターズでは8位(1973年)、全米オープンでも最終日に優勝争いをしながらの6位(1989年)と好成績を残しています。国内ツアーの成績が圧倒的なので、どうしても海外での活躍が見劣りして見えるというのが正確なところでしょう。

ゴルフクラブにも大変造詣深く、金属製のドライバーやソリッド系のボールをいち早く使用したことでも知られています。自身のプライベートブランドであるブリヂストンの「J’s」は空前の大ヒットブランドになりました。

ジャンボ軍団と呼ばれる自身のグループから、弟の建夫プロ、直道プロをはじめ、番頭格の飯合肇プロ、賞金王経験のある伊澤利光プロなど、そうそうたるトッププロを輩出し、指導者としても卓越した手腕を発揮されています。

青木功プロや中嶋常幸プロともにAON時代と言われ、長期にわたりツアーの主役として活躍されてきました。ガイド個人的には、日本のプロゴルフに貢献してこられた偉業をもっと称えるべきではないかと思います。

ここ数年は、激しい腰の痛みに悩まされ、昨年は予選突破がゼロと成績を残せない状況が続きました。

今年から始めた新しい治療法が有効で、今回のエージシュートにつながったようですが、現在もいつ悪くなってもおかしくない状態といいます。それでも、レギュラーツアーでの戦いにこだわりをもち、現在もタイヤをひくなどのハードなトレーニングを自らに課しているとか。今回の偉業は、腰の状態が復調したことが大きな要因ですが、何よりもこれまでのたゆまぬ努力の成果が出たものといえるでしょう。

未だに技術は超一流といわれるジャンボさん。体調が整えば、今シーズンさらなる活躍が見れそうです。


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