胸郭出口症候群とは
「胸郭出口症候群(きょうかくでぐちしょうこうぐん)」とは難しい病名ですが、頚部と胸部の境目にある「胸郭出口」の部位で血管、神経が圧迫されてしまい、血流障害による上肢の痛み、しびれ、もしくは神経圧迫症状による麻痺と筋力低下などが生じる病態です。通常20歳前後にみられ、女性がやや多い病気です。腕神経叢と鎖骨下動脈は、1)前斜角筋と中斜角筋の間、2)鎖骨と肋骨の間、3)小胸筋の下、の3つの部位で圧迫されることがあります。この3つの病態をまとめて胸郭出口症候群と呼びます。
1)前斜角筋と中斜角筋の間、2)鎖骨と肋骨の間、3)小胸筋の下の3ヵ所で狭くなることがあります。
<目次>
胸郭出口症候群の症状……しびれ、胸部の痛みなど
Aさんが2010年12月に病院を受診したきっかけは、「左の肩に荷物をかついだ状態だと、左上肢全体に痛み、痺れがあります。この経験は2、3年前からありました。リュックで両肩に荷物を分散させれば痛みは発生しません」。Aさんに起きたのは、鎖骨下動脈の血行障害という症状です。
またAさんに見られなかった症状として手、前腕のしびれ、上肢の筋力低下、頚部、胸部の痛みなどがあります。
胸郭出口症候群の原因
生まれつきの原因として、頚肋(頚部に肋骨がみられること)、胸郭出口を横切る繊維性の柵状物、鎖骨と肋骨が狭い状態などがあります。それ以外では、交通事故、スポーツ選手、事務作業の反復などが原因となります。胸郭出口症候群の診断
■単純X線(レントゲン)2010年12月にAさんを撮影した単純X線写真です。
頚部単純X線像。異常を認めません。
単純X線写真は放射線被爆量も少なく、費用もわずか。その場で撮影も終了し当日説明を受けられるので、整形外科では必ず施行します。
特に異常を認めません。
次にMRI撮影の予約、投薬(鎮痛剤、胃薬)の指示が出ました。費用は初診、3割負担の健康保険で3,000円ほどでした。
■MRI
Aさんの場合、MRIは専用の病院で撮影を行いました。
MRIによる血管像で左鎖骨下動脈の狭窄が認められました。
MRIは磁気を使用して人体の断面写真を作成する医療用機器です。被爆がないのが最大の特徴です。欠点は費用が約1万円程度と高額な点、狭い部屋に15分 間ほど閉じ込められて、騒音が強いことです。脳外科の術後で体内に金属が残っている人、心臓ペースメーカー装着の人、閉所恐怖症の人などではMRI検査が無理なので、CT検査を行います。CT検査の費用は5,000円程度で、MRIより安くなりますが、被爆があります。MRIでは、左鎖骨下動脈の狭窄が認められました。
■血管造影
狭窄部位の血管と周囲の骨、筋肉との関係を正確に診断するために血管造影を行いCTを撮影します。
血管造影により狭窄した鎖骨下動脈は鎖骨と肋骨による圧迫が原因と診断されました。
鎖骨下動脈が鎖骨と第1肋骨の間で圧迫されていることがよくわかります。
胸郭出口症候群の治療・手術・リハビリ
■安静仕事、スポーツに関連して発生する胸郭出口症候群の場合、仕事、スポーツを制限することで症状の軽快が期待できます。
安静にすることで軽快した後に仕事をフルで再開すると、胸郭出口症候群の症状が再発してしまうことが多いようです。
■鎮痛薬
ボルタレン、ロキソニンなど非ステロイド消炎鎮痛薬(NSAIDと省略されます)を用います。
ボルタレンは、1錠15.3円で1日3回食後に服用。副作用は胃部不快感、浮腫、発疹、ショック、消化管潰瘍、再生不良性貧血、皮膚粘膜眼症候群、急性腎不全、ネフローゼ、重症喘息発作(アスピリン喘息)、間質性肺炎、うっ血性心不全、心筋梗塞、無菌性髄膜炎、肝障害など重症な脳障害、横紋筋融解症、脳血管障害胃炎。
ロキソニンは、1錠22.3円で1日3回食後に服用。副作用はボルタレンと同様。
どちらの薬でも胃潰瘍を合併することがありますので、胃薬、抗潰瘍薬などと一緒に処方されます。5年間、10年間の長期服用で腎機能低下などの副作用がありますので、注意が必要。まれに血液透析が必要となる場合もあるので、漫然と長期投与を受けることはできる限り避けて下さい。
Aさんはすでに2年間鎮痛薬を使用していましたが、根本的な解決とはなりませんでした。
■神経再生薬
メチコバール ビタミンB12…障害された神経の修復を促進させる作用を持ちます。1錠21.1円を1日3回服用します。後発薬では5.6円のものが複数あります。4週間の服用で64%の改善率があります。副作用ですが、食欲不振、悪心、嘔吐、下痢、発疹などがあります。Aさんの場合、血管性の障害で適応とはなりませんが、腕神経叢の障害の場合、適応となります。
■ボトックスの注射
斜角筋の圧迫による胸郭出口症候群では斜角筋の中へのボトックス注射が有効です。通院をしながらこの治療を受けることが可能。ただし健康保険の適応はありません。持続期間は3、4ヶ月間です。
■第1肋骨切除術
鎖骨下動脈、腕神経叢を圧迫している第1肋骨を切除する手術です。この手術は全身麻酔が必要ですが、大きな合併症は少なく、鎖骨肋骨で圧迫されている胸郭出口症候群で有効であり、ほとんどの患者が職場に復帰しています。
Aさんの場合、左第1肋骨切術を受けました。手術時間2時間、術後の経過も良好で入院10日間で退院となりました。健康保険を使用し3割負担で12万円の費用でした。退院した時点で左上肢の痛みは消えました。創部の痛みが少し残っていましたが、Aさんは満足しています。
術後胸部単純X線像。左第1肋骨の大部分が切除されています。
■胸郭出口症候群のリハビリ
進行した胸郭出口症候群では上肢の筋肉が萎縮してきます。この時期には手術を早期に受けることが必要ですが、衰えてしまった筋肉に対するリハビリが重要となります。手術の前後に上肢の屈曲進展の運動を繰り返し行います。それほど難しい作業ではないので、自宅でリハビリを続けることが可能。初期のリハビリ訓練を専門家から受けることが薦められます。
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