世界遺産/ヨーロッパの世界遺産

ヴィエリチカ岩塩坑/ポーランド(3ページ目)

巨大な岩塩層を持つヴィエリチカの地下には、アリの巣のように張り巡らされた深さ300m、総延長300kmに及ぶ坑道跡がある。ここで坑夫たちは岩塩を採掘するだけでなく、地下に巨大なホールや礼拝堂を造り、神々やドワーフの姿を彫って地下都市を築き上げた。今回はポーランドの世界遺産で、神秘的な地下博物館として営業を続ける「ヴィエリチカ・ボフニャ王立岩塩坑」を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

キンガ姫の岩塩坑発見伝説

聖アントニー礼拝堂のシャンデリア

聖アントニー礼拝堂に設置されたシャンデリア。これも岩塩で造られている ©牧哲雄

ヴィエリチカ岩塩坑にはただ坑道があるだけではない。当時の坑夫たちはこの殺風景な地下道に様々な彫刻を施し、地上のぬくもりをこの地下に再現しようとした。たとえば「聖キンガの物語の間」には美しい王女の姿が彫り込まれている。

泡のように固まった塩の結晶

泡のように固まった塩の結晶 ©牧哲雄

この王女、名をキンガという。13世紀、ハンガリー王家に生まれたキンガ姫は、ポーランド王ボレスワフ5世との政略結婚が決まり、結婚指輪を贈られていた。しかし、姫の心があまりに純粋であったことから結婚を望むこともなく、ついには指輪を泉に捨ててしまう。

仕方なくポーランドに嫁いできたキンガ姫は、ヴィエリチカのある場所にとても惹かれてしまう。そして部下に「ここに井戸を掘りなさい」と命じる。地面を掘り進めると、出てきたのは水ではなく塩と捨てたはずの指輪。部下は驚喜した。当時塩はとても貴重なもので、塩が手に入らないためにポーランドの人々はとても困っていたのだ。

キンガ姫はポーランド王妃になったあと貧者や病人を助け、王の死後は財産を売って皆に分け与え、修道院に入って一生を過ごす。こうした数々の伝説からやがて姫は福者や聖者として崇められるようになった。

 

ヴィエリチカ岩塩坑のハイライト「聖キンガ礼拝堂」

聖キンガ礼拝堂

全長55m・幅17m・高さ12mを誇る聖キンガ礼拝堂。礼拝堂自体は17世紀に設置されていたが、現在の姿になったのは1927年のこと ©牧哲雄

岩塩坑での仕事は危険がつきものだった。だから坑内の無事を祈るためにいくつもの礼拝堂が造られた。最大の礼拝堂が聖キンガ礼拝堂だ。

聖アントニー礼拝堂

こちらは17世紀に造られた聖アントニー礼拝堂。岩塩坑内部にある最古の礼拝堂だ ©牧哲雄

聖キンガ礼拝堂には祭壇と祈りの空間があり、人々はここで毎日無事を祈っていた。それだけでなく、礼拝堂には「最後の晩餐」や「エジプトに避難する聖家族」「ヘロデ王の幼児虐殺」のレリーフや、イエスや聖母マリア像、「イエスの誕生」といった彫刻をはじめ、『新約聖書』の様々な物語が岩塩によって表現されている。

これらはいずれも坑夫たちによる作品。であるにもかかわらず、とても精巧でリアルだ。

おもしろいのが、こうしたキリスト教信仰と同時に、ドワーフ(こびと)を彫った像が「ドワーフの間」をはじめあちらこちらに置かれていることだ。その昔、人々は地下にドワーフたちが住んでいると信じていた。こうした民間伝承がいまに伝えられ、守り神として祀られているようだ。

 

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