わずか16名の少女たちから始まった劇団が、100周年を迎えた奇跡……。
様々な困難に遭いながらも新しいものを求め、今に繋いだ軌跡……。
そこにいつもあったたくさんの輝石……。
宝塚歌劇団100年へのキセキのひとコマをご紹介いたします。
――Part3「宝塚歌劇 第一回公演はお伽噺」――

■宝塚歌劇団100年へのキセキ
Part1「小林一三が目を付けた宝塚村」
Part2「タカラジェンヌの意外な誕生秘話」
Part3「宝塚歌劇 第一回公演はお伽噺」
Part4「宝塚音楽学校の移り変わり」
Part5「宝塚大劇場の変遷」
Part6「東京宝塚劇場の変遷」
Part7「『モン・パリ』~レビューの誕生」
Part8「『パリゼット』~レビュー黄金時代」
Part9「海外公演~世界へ羽ばたくタカラヅカ」
Part10「宝塚歌劇団 戦争からの復活」
Part11「宝塚歌劇団の大運動会」
Part12「『虞美人』~小林一三翁逝く」
Part13「『華麗なる千拍子』~芸術祭賞」
 

(以下、敬称略)
宝塚のお話の前にまず、女性が関る舞台のお話を少し。
三代将軍・徳川家光の時代に、公の場で女性が芸をすることを禁止する「女舞・女歌舞伎の禁」(1629年)が出され、それは260年余りも続きました。
明治に入り1890年代、新派が「男女合同改良演劇」を結成。千歳米坡(ちとせべいは)や川上貞奴らの女優も誕生し、女性が舞台に立つ日がやってきました。
また1903年には、柴田環(三浦環)がヒロインを演じた日本人初のオペラが上演されました。


宝塚歌劇 第一回公演の演目

さて、それから間もない、まだまだ女優が市民権を得ていなかった1914年(大正3年)。
室内プールを改装した宝塚新温泉パラダイス劇場にて、宝塚歌劇団の前身「宝塚少女歌劇養成会」は、第一回公演(4月1日~5月30日)を上演します。

公演といっても、宝塚新温泉で開催された婚礼博覧会の余興の一つ。よって入場無料で上演されました。
この日のために約九ヶ月間、歌に踊りにと稽古してきた、まだ幼い12歳から16歳の少女たち。慣れない舞台化粧は、温泉街の芸者さんがしたそうです。

この記念すべき第一回公演は『ドンブラコ』『浮れ達磨』『胡蝶』の三本立てでした。

『ドンブラコ』は、「ワシントン」「汽車の旅」「信濃の国」などを作曲し、邦楽を五線譜に採譜するなど洋楽の先覚者、北村李晴の作・作曲の歌劇。
1912年に楽譜が、1913年にはレコードが発売されていました。