最中「種屋」とは 

和菓子店で最中(もなか)の取材をすると、必ず話に上る「種屋さん」。実は最中種(最中の皮)は、ほとんどの場合、和菓子店ではなく専門の最中「種屋」が作ります。

縁の下の力持ち、種屋さんについて知らない人は多いのでは。そこで今回は、東京・浅草の老舗種屋「種亀」を訪ねてきました。最近になり、一般向けの小売りも始めたそう。最中種の手軽な楽しみ方もたっぷり教わってきました!

浅草駒形「種亀」で最中の歴史を学ぶ

手焼き用の型

昔の最中種の手焼き用の型。(写真提供;種亀)

最中は、基本的に最中種(最中の皮)と餡だけでできています。最中種を知らずして最中は語れず。ということで、1850年創業の東京・浅草駒形の種屋「種亀」を訪ねてきました。現在は5代目荒川ミチ子さんと6代目梅本慎一郎さんが看板を守ります。

和菓子には、禅僧が中国から伝えた饅頭や羊羹など、外国渡来のものが少なくないけれど、「最中は100%日本生まれ」と梅本さん。陰暦十五夜の満月を「最中の月」と呼びます。平安時代の歌に、中秋の名月を「秋の最中」と詠ったものが残るほど、「最中」は古い言葉です。

最中と名の付いたお菓子を最初に売り出したのは、江戸時代、吉原にあった菓子司、竹村伊勢とされます。お菓子の名は「最中の月」といい、もち米の粉を水でこねて蒸し、丸く切って焼き、砂糖蜜をかけたもの。『吉原は竹の中から月が出る』(『柳多留』)と川柳が詠まれたほど知られていたようです。

後に餡を挟んだものが「最中饅頭」として売られ、やがて饅頭が取れ「最中」になったようです。ちなみに四角いものは「窓の月」と呼ばれたのだとか。風流です。