「あ、この電話、短縮使えないんです。古いから」
…至極明解な答えでした。
確かに当時でも古いタイプのビジネスホンでした。『短縮』ボタンもありません。
ですが…短縮機能のないビジネスホンなんてあるだろうか…。
「取り扱い説明書は…」
「無い無い。古いから」
あっさりしたものです。その時はそれ以上ツッコミませんでしたが、私は、取り扱い説明書はともかく、短縮機能については、「無いはずがない。きっとあるはずだ」と思っていました。
なぜなら前の会社で、機種は違うものの、『短縮』というボタンが無いビジネスホンで、短縮機能を使っていたからです。
彼女の休みの日、一人、前の会社でやった事のある短縮登録の仕方を思い出しながら、いろいろ試してみました。
確か前の会社では、#と*ボタンを使うんだった…。
何度目かの組み合わせの後、ピーッという音がしました。登録できたかもと思い、『*』(だったかな)に続けて2ケタの数字をを押すと、
かかりました!
やっぱり使えるんじゃない!私は嬉々として、よくかける番号をありったけ登録したんです。
そして次の日。出社してきた彼女に言いました。きっと、満面の笑みを浮かべて…。
「短縮使えましたよ」
「えっ?」
「こうやって登録して、これでかかります」
かけてもらいました。いつもの倉庫にかかり、発注を終えた後…。
「…」
彼女はしばし、無言でした。そして。
「嘘――!!」
嬉しそうではありませんでした。それどころか、涙ぐんでいるように見えました。
「嘘!だって、先輩短縮使えないって…使えないって言ったのに!!」
…察するに…私と同じ質問を、彼女が短大を卒業してこの会社に就職した時、前任者にしたのでしょう。
その時の返事は、私にしたのと同じ。
新入社員だった彼女は、私のように疑り深く(?)なく、素直に受け取ってしまった。
彼女の脅威の記憶力も、電話をかけるスピードも、天賦の才というわけではなく、身につくまでは、とても不便で、本当に大変だったのでしょう。
…それを、最後の最後で思い出させてしまった…。
それから退職の日まで、彼女が短縮を使うことはありませんでした。
「もう指が覚えてて…短縮の番号覚えるより早いから」と、彼女は笑いました。
そして数ヶ月後、入社してきた新入社員に、私は短縮番号表と、電話帳、そして、短縮登録の仕方を引き継ぎノートに書いて渡しました。
新入社員は当然ながら、最初から短縮を使って電話をかけ、ディスプレイの無いビジネスホンでしたから、登録された先の電話番号を覚える機会もないかなぁと思うと、ちょっとフクザツでした。
便利ということが、彼女のような記憶力を磨く機会を逸しているのではと。
同時に、言われた事を素直に聞くのは悪いことではないけれど、ちょっと疑問を持てば、解決策を探せる。それで自分が楽になる、業務が改善できる…なんて事は今もあちこちに転がっているのではと。
あれから数年…「ケータイの番号教えて」と聞くと、「何番だったっけ…あなたの教えて。こっちからかけるから登録してよ」ってと言われる事が多くて。
でも私も、自分のケータイの番号は、確認しないとすぐには教えられない…。
そんな時、彼女の事を思い出すんです。
(「一般事務」メールマガジン39.40号「コラム」を加筆)
※このおはなしは、実話を元にしたフィクションです
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