【フリーペーパー編集長】山貝 千晶さん短大卒業後、一般企業へ就職。その後、神戸のワーキングガール情報誌「Recipe(れしぴ)」編集部へ転職。現在は「編集長」として活躍中。
話 題 度  ★★☆☆☆
難 易 度  ★★★★☆
かかる費用 ★☆☆☆☆

憧れの職業として根強い人気を誇る「編集者」。今回は、年々種類も増え、特に女性にとってはなくてはならない身近な存在となったフリーペーパーの編集長にお話を伺いました。一度あきらめた夢を、自分の力で引き寄せるまで、どのような出来事があったのでしょうか? ゆっくりとご覧ください。

何か私にできる仕事はないですか? ~フリーペーパーとの出会い~

子どものころから、手紙など文章を書くことが大好きでした。進路を考える時期になると、文章を書く「編集者」に憧れるようになり、出版社へ就職することを夢見て受験勉強にはげみました。ところが、第一希望の大学へ入学できず、短大へ進学。短大から出版社へ就職することは難しいと思っていましたので、このときは「編集者」になる夢をあきらめていたのです。

短大に通い、就職活動をする時期になっても将来何をやりたいのかわからず、明確な目的を持たないまま、短大の就職課から紹介された倉庫会社へ入社。海のそばにある倉庫会社で働き始めたものの、人との出会いも少なく、面白いと思える仕事ではありませんでした。ですが「3年間はがんばらないと、社会人として一人前になれない」と思い、すぐに辞めることなく勤務。そして、心のなかで決めていたとおり、入社から3年経ったある日、次の勤め先も決めないまま倉庫会社を退職しました。

退職する直前、「アルバイトでもいいから出版社に勤めたい」という私の思いを知っていた姉が手渡してくれたのが、神戸で配布されていた神戸のワーキングガール情報誌「Recipe(れしぴ)」(以下Recipe)でした。「Recipe」を手にしたとき、編集の仕事は出版社だけでなく、フリーペーパーという選択肢もあると思いたち、早速フリーペーパーの編集部へ「何か私にできる仕事はないですか? 雇ってもらえませんか?」と電話をしました。後から編集長に聞いたところ、当時は、募集をしていないのに自ら編集部へ電話をかけてくる人は、ほとんどいなかったそうです。編集部にとってはめずらしい出来事だったようですが、今の私につながる大切な電話になりました。

思い切って一歩踏み出して・・・ ~再就職~

編集部へ電話をしたものの現実は厳しく「今すぐに仕事はないけれど、一度履歴書を送ってください」といわれ、履歴書と自己PR文には「人とコミュニケーションをはかる手段として笑い・笑顔が大切」と考えていること、加えて、当時流行っていた「たまごっち」についてのコメントを書いて送付。すると、編集長が自己PR文を気に入ってくれたらしく、事務所へ遊びにおいでと連絡をもらいました。

編集部へ遊びに行き、初めて電話をしてから約1ヶ月後、タイミングよくパートの女性が退職することになり、編集部の席が1つ空くことに。入社するにあたり、編集長からは具体的な業務のひとつとして「営業の仕事もやってもらう」と聞かされていました。私は初対面の人と話すことが得意ではなかったため、自分に営業の仕事ができるのだろうかと不安に思い迷いましたが、せっかくのチャンスを生かし、思い切って一歩を踏み出して「Recipe」編集部へアルバイトとして勤めることにしました。

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