【ヘアメイクアップアーティスト】久保木 純さん大手企業勤務を経てメイクアップアーティストに。某人気女性タレントの専属ヘアメイクをつとめる。現在は、花嫁のヘアメイクのプロがあつまる「PARADISE」関西アーティストとしてブライダルを中心に活躍中。
話 題 度  ★★★☆☆
難 易 度  ★★★★☆
かかる費用 ★★★★☆

一生に一度の結婚式。女性が一番輝くとき、とも言われています。その花嫁を美しくヘアメイクしてくれるのが、今回ご紹介をするメイクアップアーティスト 久保木 純 さんです。久保木さんに「なぜメイクアップアーティストになろうと思ったのか」また、その経緯などをお伺いしました。メイクアップアーティストへの道のりを、ゆっくりとご覧ください。

手に職をつけて転職をしようと・・・ ~この道へすすむキッカケ~ 

「なぜ、メイクアップアーティストになろうと思ったのか?」よく聞かれるこの質問。正直に答えるたびに、みなさん少し驚かれるようです。学校卒業後大手企業でキーパンチャーの仕事をしていたのですが、ずっとその仕事を続けるつもりはなく、手に職をつけて転職をしようと考えていました。ちょうどそのころ、お付き合いしていた彼氏に振られたんです。彼は、当時メイクアップアーティストを目指す美容師でした。当時は、彼に私のメイクについて意見されたことが、コンプレックスになっていましたので、振られたとき「この人の夢ぐらい、私が奪ってもいいかな」と。(笑)今となっては、この道に進むキッカケを作ってくれた彼に、とても感謝しています。

その後、キーパンチャーの仕事をしながら、夜間のメイクアップの専門学校へ。通学は1週間に1回。通学以外の夜はアルバイトをしていました。目的は、自分への投資資金を捻出するため。専門学校の学費もかかりますし、いざ専門学校を卒業しても、はじめはメイクの仕事だけではお金をもらえないだろうと考えたからです。自分自身への「支度金」準備ですね。専門学校を卒業するころ、アルバイト先の店長から「メイクアップアーティストに知り合いがいる」と聞き、紹介してもらいました。それが、その後一緒にブライダルのヘア&メイクアップ事務所を立ち上げることになるメイクアップアーティスト“けんすけ(以下 師匠)”だったのです。

はじめて師匠と会ったとき「アシスタントにしてほしい」とお願いしたものの、あっさり断られました。それでも「お金はいりません。一度現場を見せてください」と食い下がって許可をもらい、現場をみせてもらったら「次はいつですか?」と聞き出す。これを繰り返しているうちに、とうとう師匠が観念してアシスタントにしてくれました。メイク道具の準備をしたり、荷物持ちをしたり。約2年間、アルバイトで生活費を稼ぎながら、ほぼ無償でアシスタントをしていました。

想い続けることが大切 ~プロになるまでの想い~

師匠はタレントのヘアメイクを担当していたので、テレビ番組制作会社の方たちと知り合う機会にも恵まれていました。制作会社の方に「新しい番組をつくるとき、枠があいていたら、メイクをやらせてください」とお願いしていたところ、新番組ができたときに、本当に声をかけてくださったのです。そのときヘアメイクを担当したのが、人気絶頂期だった某女性タレントさん。何度かそのタレントさんのヘアメイクをやらせていただくと「専属でやってほしい」とお話をいただき、その日を境に、毎日仕事があるメイクアップアーティストへの夢を叶えたのでした。

アシスタントをしているあいだは、ヘアメイクという職業で食べていく、生業になるぐらい稼ぐには、どれだけの仕事を自分がやらなければならないのか、不安がなかったわけではありません。ですが、今思えばなぜか心のなかには「叶わない夢は絶対にない」という漠然とした自信がありました。「想い続けることが大切だ」と思っていたので、アシスタントを辞めずに続けていたから、そんな私の姿を見て周りの方々がきっと手を差し伸べてくれたんだと思います。(笑)

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