福千歳の山廃は「スポーツマンの女性」のイメージ
さて、話を福千歳に戻そう。
明治には最新技術であった「山廃」と「速醸」。なぜか、福千歳には「速醸」が伝わってこず、「山廃」を最新技術として、生真面目に作り続けていたわけだ。とにもかくにも日本酒=山廃だったのだ。
速醸をはじめたのは昭和52年。現在では、大吟醸、純米大吟醸、普通酒は速醸で行っているが、85%は山廃もと造り。昔ながらの山廃への思い入れを持ち続けたまま、実直に、ぶれずに、酒造りを続けているのが今の福千歳なのだ。
「とはいえ、山廃は、どうしても酸があってゴッツイというイメージがあって、試飲もあまりしてもらえなかったんです」と照れ笑いなさる3代目当主。
「おもしろいことに、蔵が清潔だと、また消毒しすぎると山廃独特の酸が出ないんです。さらに、軟水だと酸が少ないんです」と、教えてくださる。
「それから、酒母の米のつぶし方で、どろどろになればなるほど酸が出ます」とも。「なので、軟水仕込みの福井の山廃酒は、山廃としては女酒、それもスポーツマン的な女性といったかんじでしょうかね。特にうちの酒の特徴は芳醇甘口です」と。
ふ~む、なるほど、これは納得かも。
これは暖気(だき)とよぶ大きなヤカンのようなもの。これに氷やお湯を入れて酒母の温度調整を行う。
米を蒸す和釜。今では希少品。
強力な火が出るバーナー。
酒造りは蒸しの作業が大事。
「蒸しは50分。100度の“湿気のない乾燥した蒸気”(←おもしろい言い方!)で 外硬内軟(文字通り外が硬くて中が柔らかい蒸し米の状態)のいい蒸し米ができます」
この蒸し器は、手入れが大変だそうで、レンガの修理などこまめにやることが必要だし、ボイラーの薬液なども蒸しに出てしまうので、吟醸酒造りのときは、とても気を使うのだとか。
麹室は10年前に作ったもの。床室、出麹室、棚室が別になっている。全生産量400石のお蔵としては大変な投資だろう。
杜氏手作りの網。麹米がきれいに裁けるサイズを試行錯誤で考案したのだとか。
昔ながらの槽(ふね)=絞り機がある。これがないと斗ビン取りができない。
白い袋に詰められたのがもろみ。もろみ自身の重さでしぼられる一番搾りが贅沢なのだ。
一ヶ月ほったらかしでも、変化なしの強さをもつ山廃!
おどろくことに、社内の実験によると、山廃純米大吟醸を、開封して飲み残しのまま、一ヶ月間ほったらかしにてみたところ、香り味わいの変化がほとんどなく十分に楽しめる状態をキープできることがわかった。これも、ひとえに山廃の強さなのだろう。実際にトモダ家でも、福千歳は、開封後もゆっくりとのんびりといただくことが多い。それは最初から最後まで味わいがかわらないからだ。これうれしくないですか? 一般家庭でも料飲店でも、実に取り扱いしやすい商品だと思う。
テイスティングは新酒のほかに、平成16年製造の山廃純米大吟醸と、同じく平成16年製造の山廃純米吟醸。 |
平成16年製造の山廃純米大吟醸と、同じく平成16年製造の山廃純米吟醸をきき酒させていただいたが、前者は非常にクリアな外観。後者はやや山吹色。16年産としては非常に若々しい。どちらも柔らかい旨味とまろみがあり、奥行きのある味わい。余韻も心地よく長いが、いやみはない。味わいも若さがまだまだあることに驚く。
お燗にすると、なんともいえない香ばしさがプラスされ、食中酒にぴったりなバランスのいいボディを感じさせてくれる。
ああ、美味しいおつまみがほしくなるなぁ、そうさねぇ、越前ガニは今の時期無理としても、新鮮な白身の昆布シメとか、鯖の糠漬け「へしこ」なんかが、いいねぇ・・・なぁんて思わせるところが山廃の良さだろう。うわぁ、飲みたくなってきたわぁ。
お蔵には、静かに音楽が流れている。
お酒に音楽を聞かせる、例のアレかと思えばそうではなく、「蔵には福利厚生として有線を入れているんです。ええ、働く人のためです(笑)。楽しく仕事をしてもらいたいから。おかげでうちの蔵の中は、笑いが絶えませんよ。でもね、妻が、クラシックにしておいても、いつの間にか演歌にかわってて・・・(笑)」
酒造りが終わった後の見学だったけれど、安心感と信頼感をあわせもったような3代目の笑顔が、蔵の雰囲気を十分に伝えてくださった。
まじめで穏やか、でもどこか芯のある福千歳の山廃酒は、こういった環境から生まれるのかと、妙に納得したのであった。