1980年代半ば「子連れ出勤は是か非か?」で話題となったアグネス論争。「子どもを産み、育てづらい時代」といわれる2005年現在、この論争を読み返して見えてくるものがありました。

アグネスの子連れ出勤は「あくまで個人的な、ひとつの例」

1歳半を過ぎたら「子離れ」、これがアグネス流
「アグネス論争」というと、「アグネス批判」「アグネス擁護」「働く母親の立場から」と、アグネス・チャン氏以外の人々から発せられた意見ばかりが話題になり、事の発端となったアグネス・チャン氏自身の発言についてはあまり言及されることがありませんでした。しかし、1988年当時のアグネス・チャン氏の考えについてまとめられたブックレットがあります。それが『“子連れ出勤”を考える』です。

これを読んで初めて、私はアグネス・チャン氏自身がどのような考えで「子連れ出勤」という方法に至ったのかが見えてきました。まずはじめに強調すべき点は、彼女自身がはっきりと「子連れ出勤は私のポリシーではないし、子連れ出勤運動をしているわけでもありません。どうやったら子どもをより良い状況で育てられるかと考えたすえに、私の場合は子連れ出勤になったのです。」と述べていることです。

また、「子どもを産む前に仕事の調整がしやすいようにプロダクションから独立しておく」「子どもが将来国籍について自分で決められるようにカナダで出産する」など、成り行きまかせではなく本気で考え、行動してきたことも明らかにされています。「子連れ出勤」もそうしたことの延長線上にあり、決して「何も考えずに周囲に甘えて」というものではなかったことがうかがえるのです。

「3歳児神話」ではなく、「1歳半まではbaby、その後は子離れ」

アグネス・チャン氏の育児の「お手本」となったものは、彼女自身の母親のやり方でした。それは、「1日中片時も離さずに赤ちゃんを抱っこ・おんぶしている」というもの。さらに完全母乳育児だったため、哺乳瓶ではなかなか飲んでくれない。そうした理由もあり、周囲に打診しながら少しずつ仕事を再開した、というのが実情のようです。

そう聞くと、いわゆる「母子密着」的な育児を想像してしまうのですが、彼女は最初から「仕事をセーブしてでも子どものそばにいるのは1歳半まで」という明確なポリシーを持っていました。このことはあまり伝えられてこなかった部分です。もちろん、この「1歳半」という時期が適切かどうかについては意見が分かれるかもしれません。

しかし「1歳半すぎたらいい意味の子離れをしたいとおもったんです。」という彼女は、長男の1歳半を区切りに、思い切って単身で海外取材に出かけています。断乳を兼ねて、子どもを夫に託して。こうしたやり方は少なくとも、いわゆる「3歳児神話」とは異なるものです。このように、「子連れ出勤」を実行したアグネス・チャン氏は決して「子どもは母親だけが育てるべき」という主張の持ち主ではありませんでした。

全てのニーズを一度に満たすことはできないけど

アグネス・チャン氏は『“子連れ出勤”を考える』の中で、子育ての負担が母親だけにかかっている現状について憂いています。ただ、彼女はそのことを嘆くだけではなく、「みんながそれぞれ、できることからやっていけばいいのでは」と極めて現実的な意見を述べています。

「いまいちばん大切なのは、自分が何をしたいのかをはっきりさせて意見をいってみることだとおもう。何をしたいのか目標があれば、できる人から徐々にでも前むきに、システム化していくことができる。目標がはっきりしないと、私たちはしたくない、いや、やっぱりこうしたい、ああしたいとみんながバラバラにいってるだけでせっかくの意見も無駄になってしまう。」

このことは、女性のライフコースが多様化している現在にも有効な視点です。働く母親、専業主婦の母親、仕事を再開したい母親、子どもを産まない女性…それら全てのニーズをいっぺんに満たすことは不可能だけど、それぞれの立場でできることを進めていくべきだと。言葉で言ってしまうと当たり前のことですが、現実はそうしたひとりひとりの行動によって、少しずつ変わっていったのですから。

2005年の「子どもも仕事も」の現状は?

ここまでのところが分かれば、「アグネスの子連れ出勤」が単なる過去のものではなく、2005年の現在的なものであるということが見えてきます。「企業に勤める女性が子連れで出勤する」というスタイルは定着していませんが、フリーランスや自営で働く女性にとっては「出産から1~2年は子どもをみながら自宅でできる範囲で仕事」という方法は珍しいことではありません。

また、アグネス論争後の1991年に育児休業法が成立しました。これは「子どもが1歳に達するまで」「特別な事情(保育園に入れない等)のある場合は1歳6ヶ月まで延長可能(2004年改正部分)」の期間、育児のために休業できるというもの。この育児休業法は、働き続けたい女性全てにとって利用しやすいものではありませんが、少なくとも成立以前よりは選択の幅は広がったはずです。

さらに近年では、タレントや著名人が「母親であること」をひとつの資源として仕事をすることは、一般的なことになっています。モデル出身の雅姫氏やスタイリストの伊藤まさ子氏らに見られるような「子どもと一緒に過ごす生活そのものを仕事(の一部)とする」という方法などは、現在の「子連れ出勤」のひとつであるとも言えます。

「アグネス論争」そのものが社会に与えたインパクト以上に、アグネス・チャン氏自身が実行してみせた「子連れ出勤」という「一見突飛だけど、極めて現実的な試み」は、着実にこの20年近くの間に浸透してきた。そのことこそが、今再確認すべきことなのではないでしょうか。

>>「80年代の「子連れ出勤」論争に学ぶ・前編」はこちら>>




■参考文献
アグネス・チャン+原ひろ子 『“子連れ出勤”を考える』 1988年 岩波ブックレット

■参考サイト
厚生労働省

■関連リンク
80年代の「子連れ出勤」論争に学ぶ・前編【幼稚園・保育園】
幼稚園か保育園か。悩んだ母たちの選択は?【幼稚園・保育園】
再就職の時期が早まっている?【幼稚園・保育園】
広がる!国と会社の子育て支援【子育て事情】
働くミセス急増の理由とは?【ミセスのセカンドキャリア】

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。