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80年代の「子連れ出勤」論争に学ぶ・前編

1987年から1988年にかけて話題になった「アグネス論争」を知っていますか?「子連れ出勤」をめぐって様々な立場からの意見が闘わされたものです。論争から20年近くになる今、過去から学べることとは?

執筆者:吉森 福子


1987年から1988年にかけて話題になった「アグネス論争」を知っていますか?「子連れ出勤」をめぐって様々な立場からの意見が闘わされたものです。論争から20年近くになる今、過去から学べることとは?

「アグネス論争」とは?

「子連れ出勤」では仕事の責任は果たせない?
「アグネス論争」は、1986年に長男を出産したアグネス・チャン氏が翌年1987年に子どもを連れてテレビ・講演などの仕事を再開したことに始まります。そうしたアグネス・チャン氏のやり方に対して、中野翠氏・林真理子氏らが「職業人としての自覚に欠ける」と批判したことから、それに対する賛否両論が様々な立場の人から寄せられました。

それらの意見を整理すると、以下のようになります(『「アグネス論争」を読む』を参照して吉森が分類)。

1.「アグネス批判」派…中野翠・林真理子
2.「アグネス擁護」派…上野千鶴子・冥王まさ子・落合恵美子
3.「子連れ出勤より保育所を」派…竹内好美・若桑みどり・江原由美子(以上敬称略)

アグネスは「母であること」を利用している?

中野翠氏と林真理子氏がアグネス・チャン氏を批判したのは、主に「“子どもがいる”という自分の都合を仕事の場に持ち込み、周りに迷惑をかけ、気を使わせていることに鈍感である」という点においてです。ただ、それだけなら正直「彼女の仕事相手がいいというのならいいのでは?」という気もするのですが、実は中野氏・林氏がアグネス・チャン氏とともに批判したのは「アグネスを必要以上に持ち上げた(と見えた)」マスメディアの側でした。

アグネス・チャン氏は1992年にアメリカ・スタンフォード大学にて教育学の博士課程を修了していますが、この論争当時は「元アイドルがいつの間にか大学の非常勤講師までやっている」と見られていた部分があります。アイドルであったこと、そして子どもを産んだ母親であるという「女性としての特権」を利用して活動をしているというふうに一部ではとらえられており、そしてそういうアグネス・チャン氏に対してマスメディアや大学が甘いのはおかしいんじゃないか、というのが中野・林氏が指摘したかった部分なのです。

これについては、当時の「子どもを持たずに働く女性」への風当たりの強さを考慮する必要があるでしょう。1987年当時は、まだ男女雇用機会均等法が成立したばかり。女性が仕事を持ち、そして続けるためには「女性であること」「母親になること」などのうち、幾分かはあきらめなければならないという空気が今以上に強く感じられていたのではないでしょうか。そうした中、「元アイドルとしての女性らしさを備え、子どもを産み育て、そして仕事も続けたい」というアグネス・チャン氏の立場が、「子どもを持たずに働く女性」にとっては「甘ったれた」ものと受け止められたのだと思われます。

実際に働く母のニーズは「企業内託児所より、地域の保育所を」

そうしたアグネス・チャン氏の「擁護」を買って出たのは、上野千鶴子氏です。上野氏は、「働く父親も働く母親も、あたかも子どもがないかのように職業人の顔でやりすごす。その背後で、子育てがタダではすまないことを、アグネスさんの「子連れ出勤」は目に見えるものにしてくれた。」と述べ、この問題を「働く母親一般の問題」として提起しようとしました。

その一方で、実際に「働く母親」である人たちからは、「子連れ出勤」は現実としてはリアリティがないものとして冷静な意見が出されました。竹内好美氏は「母親の職場に子供がいるという状況は、実は、父親が子育てを完全に拒否していることにほかならない。」として、アグネス・チャン氏の「子連れ出勤」というやり方が、女性を「働く良妻賢母」にしてしまうのではないか、という危惧を示しています。

同じような立場に立つ若桑みどり氏も「子ども自身のために、規則正しい生活と安定した環境が必要」として「親の都合で衛生状態もよくない場所へ子どもを連れて歩くのは、親の身勝手というものだ。」と述べています。母親が子どもを通勤ラッシュの電車に乗せて職場内託児所に連れていくよりは、自宅近くの保育園に預けたほうが子どもにとってもいい。それにそのほうが、父親も行やろうと思えば保育園の送迎を行うこともできる、ということですね。

「子連れ出勤」は、子育てを母親だけに押し付けるもの?

上に述べた竹内好美氏の「働く良妻賢母」の部分をさらに突っ込んだのが、江原由美子氏です。アグネス・チャン氏の「子連れ出勤」が「付き人」をつけることで可能になっていることに触れて、(アグネスの行為は)「母親は子供の側にいつもいるべき」という主張につながる、としています。付き人を付けられるような女性以外は働くべきでない、という主張にもつながりかねないというわけです。

この論争には直接参加していませんが、『「アグネス論争」を読む』の「発言編」に収められている田中美津氏の文章でも、「「育児は女の天職」論への批判抜きにアグネス擁護に走ることはなんかキケンなカンジです。」という部分があります。

この1987‐1988年という時代は、「3歳児神話」がまだまだ一般的に信じられていた頃。アグネス・チャン氏の「子連れで仕事をしたい」という主張は、「やはり母親は子どもと一緒にいるのが幸せなのね」「母親は子どもと一緒にいられることを最優先すべき」につながってしまう。それは、保育園に子どもを預けて仕事を続けている母親たちにとっては受け入れがたいことでもあったのです。

論争から20年近くを経て

2005年の今、子育てと仕事をめぐる状況はどのように変わったのでしょうか。また、変わっていないのでしょうか。1988年当時、落合恵美子氏は「働く母親たちは、ずっと歯をくいしばって、職場で母の顔を見せないようにしてきた。(中略)しかし、誤解を恐れずに言えば、わたしは歯をくしばるのはもう嫌だ。仕事も子どもも、のびのびと満喫したい。」と述べていましたが、このことは達成されたでしょうか?

「アグネス論争」以後、「子連れ出勤」に関する話題はあまり見聞きしません。多くの働く母親にとっては、やはり「保育園に入れられるかどうか」という点のみが重要課題であり、行政も「子育てと仕事の両立支援=保育園拡充」という政策を進めてきました。

アグネス・チャン氏の「子連れ出勤」は働く母親たちにとっては意味のないものだったのでしょうか?続編の「80年代の「子連れ出勤」論争に学ぶ・後編」では、論争の発端となったアグネス・チャン氏自身の当時の考えと、2005年現在の「子育てと仕事」について考察してみます。

>>「80年代の「子連れ出勤」論争に学ぶ・後編」はこちら>>





■参考文献
「アグネス論争」を愉しむ会編 『「アグネス論争」を読む』 JICC出版局 1988年

■参考サイト
アグネス・チャン 公式サイト

■関連リンク
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