新作単行本『団地の女学生』の魅力
『団地の女学生』伏見憲明/集英社/1200円 |
戦争を生き抜き、夫と離婚して女手一つで娘を育て上げ、今は古ぼけた団地で独り暮らしをしている川島瑛子。友達は認知症になり、同級生はすでに亡くなり、思い出すのは遠い昔のことばかり。そんな瑛子は突然、人生の最後に、故郷の高崎を訪ねようと思い立ちます。会えば喧嘩ばかりの娘よりも「遠くの親戚より近くの他人」とばかりに隣人のミノちゃん(40歳のヒマそうな男性)に付き添いをお願いすることに決め、時代から取り残されたような老女と中年ゲイの珍道中が始まります…
ミノちゃんは結婚こそしていませんが、団地の老人が骨折しないように雪の朝にお湯を撒いたり、ボランティアをやったりしている、近所でも評判の男性です。一方で、瑛子との旅の最中に、携帯で出会い系サイトを見ながら嬉々としてメールのやりとりに興じていたりします。
ミノちゃんの姿は僕らと重なり、瑛子の姿は母親の姿に重なるのですが、血縁関係ではなく、たまたま隣に住んでいる2人が「つながり」を持ち、心を通わせていく様は、これからの時代を予告するかのようなリアリティを感じさせます。(橋口さんが『ハッシュ!』で新しい家族像を提示したように)
深い闇をえぐり取るような凄みを感じさせる『魔女の息子』とはタッチが異なり、女学生だった頃の思い出にふける団地住まいの老女と、海坊主みたいな風貌の中年ゲイという組み合わせの妙が光る、軽妙洒脱で「かわいい」作品でした。
それから1年後、同じく『すばる』誌上に、団地シリーズ第2弾として『桜草団地一街区 爪を噛む女』が発表されました。
主人公は埼玉の団地でヘルパーの仕事をしているアラフォーの貴子。様々な老人の介助をする生活にはうんざりで、心の中で「早く死ね」などと毒づきながら灰色の生活を送っています。そこに突然、華やかな事件が降ってきます。時代の寵児として音楽界を席巻したかつての同級生TAAKOが接触してきたのです。初めは浮かれていた貴子でしたが、光の世界の住人にさえも庶民には見えない類の闇があることを知り、やがて、世間から顧みられない老人たちのせつなさ(実存)に気づき、自分自身も癒されていくのです…
『爪を噛む女』には、伏見さんの小説としては初めて、ゲイが登場しなくなったのですが、その代わり、主人公の貴子がとてもゲイテイストなキャラクターで、誰もが面白く読める作品になっています。
『魔女の息子』で本気のドロドロした感情を噴き上げた後、いい意味で力が抜けた『団地の女学生』を経て、『爪を噛む女』という、より現代的なエンターテインメント作品へと進化を遂げたのです。
昭和的モチーフをちりばめながら、確実に未来を志向しつつ、現在(いま)のリアリティを表現する…そのスタイルは、どことなく『エヴァンゲリオン』や『サマーウォーズ』といった名作アニメにも通じるものがあり、映画化もアリでは?と期待させるようなクオリティがありました。
団地という、一見うらぶれているけども多義的な捉え方を可能とするような空間を舞台に、新しい小説シリーズを書き始めた伏見さん。ゲイはもちろん、世間の人たちにとっても意味があり、面白く読めるような現代小説を、ぜひみなさんもお手元に。
そして、読んだ後は、家族や同僚などにもぜひススメてみて、感想を交換しあってください。きっと、それぞれの人の生き様によって、この本の「読み」や「味わい」は面白いほど多様な広がりを示すのでは?と思うのです。