そばグルメの皆さんへの悲しいお知らせ
『悲しい知らせが届いております。
今年の北海道は雨が多く、日照不足で寒かった為蜂も飛ばず、分枝も少なく、二俵から二俵半の収穫が
一俵足らずの収穫に終ったようでございます。』
これは、2009年の11月に築地そばアカデミーに届いた、ある製粉所からの手紙の冒頭である。
今年は、全国的にそばの収穫は惨憺たるものだった。誰に聞いても、九州を直撃したあと、日本海でエネルギーを補給して、ふたたび幌加内に襲いかかって新そばの収穫を壊滅させた、あの忘れもしない台風18号が来た2004年よりひどい不作であるという。
実は、私も今年の北海道の異変には早くから気づいていた。梅雨の最中、東京にはなぜか雨があまり降ることなく、そればかりか空を見上げれば、夏にもなっていないのに秋の巻き雲が渦巻いているではないか。ふと天気図を見やると、なんと!例年ならば梅雨の時期には太平洋の南岸に居座る停滞前線(いわゆる梅雨前線)が、こともあろうに日本海の中心を横切り、北海道を南北に分断しているではないか。
天気図をチェックするようになって、もう何十年にもなるが、梅雨のこの気圧配置は、見たことがない。届いた手紙のようになるのは、全くもって無理からぬことだ。
手紙をくれた製粉所は、毎年篤農家と契約栽培をしてきた。これは、いってみれば、農家の所得補償を申出る一種の買い付けオプションである。しかしながら、契約のベースは作物そのものであるわけで、これほどの不作を迎え、農家は契約した数量を提供できなくなった。
H農協とK農協は契約の総量に対して50パーセントの供給がやっと、S地区の生産者に至っては、40%で勘弁して欲しいとその製粉所に申し入れてきた。
出来ないものは出来ない、無い物は無いと産地農家も業者も自暴自棄となっているのだ。そして、一番切ない思いをしているのは、いいそばの収穫をめざしつつも、それがかなわず、結局一年を棒に振ってしまった生産者なのである。
原料は高騰のきざし、でも、そばの値段は上がるのだろうか?
いま、そば粉や丸抜きを注文するために製粉所に連絡するのはとてもつらい。国産の原料で通年並みの品質の原料を手に入れることはもはや不可能で、あまり品質がよくないことを覚悟したうえでの注文となるからだ。そして、取引のあるすべての製粉所が、来年からの値上げを通告してきた。
じゃあ、そば屋のメニューは値上げとなるのだろうか。それは、表だった大きな動きにはならないだろう。なぜならば、このデフレの時代に、ただでさえお客様が店から遠のいている状況のなか、多くのそば店は提供するそばの価格を改訂することなど覚束ないだろう。そば店にとって、泣きっ面に蜂とはこのことだ。
例年なら、新そばの香りを心ゆくまで楽しめる、そば好きにとってはたまらない季節の真ん中で、いまそば店も製粉所も、とても深い苦悩を抱えているというわけである。もしも、最近、あるいはこれから、豊かな香りと食味・食感を提供しているそば店に出会うことができたら、このような大変な状況のなかでベストをつくしているということを、知っていただければと願う次第である。
今年の新蕎麦の味は、ほろ苦い。