素材の持ち味を味わう
ここでは食事のフィナーレも多彩である。チーズは盆の上に多くの種類が用意されており、デザートのメニューも豊富である。フランス式アップルパイの「タルト・タタン」を食べてみよう。リンゴをカラメルのように色よく仕上げたタルトに、もったりと緩めに泡立てた生クリームをかけて供される。もうカロリーとか何とか、そういう事はしばし忘れて、無我夢中でほお張ればいい。リンゴの香りと酸味、ほどよく焦がされたカラメル風味、クリームのまろやかさ。どれが欠けてもこの豊かさは味わえないのだから。
スッキリとした旨さに感心して羽立シェフに作り方を訊くと、「リンゴに砂糖だけ加えて煮詰めて使います」という。スパイスも酸味も加えずリンゴの風味を砂糖で引き出すという答えに驚くと、シェフはさらに続ける。「出来る限りいい素材を選んでなるべくシンプルに調理して、素材そのものを充分味わってほしいんです」――そう言われてみれば、オマールもライチョウも、皿の上の要素の組み合わせが明快だった。これぞブラッスリーらしい、だれもが素直に楽しめる料理である。
シャトー・ラ・コサード 2005年 |
スタッフの快活なサービスが心地良いざわめきを盛り上げ、夜が更けるにつれてテーブルで話が弾むカップルや女性同士など多彩な客層が見られる。カウンターで立ち飲みしつつ語り合う男性客のみならず、男性同志が旨いものを食べに集うテーブルも意外に多い。気取りのない店内で旨いものを素早く供するこの店が「フランス料理はちょっと……」という男性諸君をも魅了するのに違いない。
パリのブラッスリーに行きたくても、飛行機に飛び乗れない時。そして東京駅から新幹線に乗る、あるいは銀座や丸の内で腹が減ったなどという時。ちょっと時間を取ればこの店に立ち寄って食事できるのだから、東京もなかなか悪くない。