アッサンブラージュとは?
我々が普段食べているブドウと比べて、ワイン用品種のブドウは粒が小さくて味が濃い。ブルゴーニュワインは一般に、赤ならピノ・ノワール、白ならシャルドネという具合にひとつのブドウ品種を使ってブドウが育った畑の性格を表現するものだ。それに対してボルドーワインの特徴となるのは、複数のブドウ品種をブレンドしてひとつのワインに仕上げるという点である。ブレンドはフランス語でアッサンブラージュ(「組み合わせる」といった意味)と呼ばれ、ブドウによって成育の時期が違うので、その年の天候変化によってベストな味わいに調整するのに役立つ。幾つかの品種のワインをブレンドすると、大きな相乗効果が得られる
ボルドーの公的ワインスクール
レコール・デュ・ヴァンは、ボルドーワイン委員会の中に設けられた教育機関である。世界最大のワイン都市であるボルドーでは、ワインの生産・流通・提供そしてワイン観光に多くのプロフェッショナルが携わっている。そうした人々のトレーニングやアップデートのために情報を提供するのがこの施設の目的だ。また、一般消費者向けのワイン講座も開かれているという。
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ボルドーの街の中心部にあるこのビルは、三角形の敷地に建っている。角の部分に配置された教室は三角形で、角のところに教壇がある。白い机に隣との間仕切りを設けた各席には、光源と吐器(スピトゥーン)が配してある。これならワインの色を観察し、香りと味を分析してから吐き出すという過程に専念できる。ボルドーワインのアッサンブラージュを検証するには理想的な環境である。
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それではアッサンブラージュへと進もう。
品種別のサンプル
ではアッサンブラージュの実習に入ろう。ナルビーさんが用意してくれたのは、生産者が特別に瓶詰めしてレコール・デュ・ヴァンに提供するサンプルのワイン。ひとつの品種の典型的な特徴が出るように樽熟成はせず、ストレートなアロマが感じられるものである。ラベルには生産者名と「CIBVの試飲用サンプルであり、非売品」と明記されている。
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今回の実験に選んだ赤ワインの3品種はメルロー、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨン。ワインの色の違いはさほど大きくはないが、風味の性格には明らかな違いがある。やはりメルローには柔かさやふくよかさがあり、カベルネ・フランには少し青い香り、カベルネ・ソーヴィニヨンにはチェリーのような伸びやかさがある。どれも若々しいアロマがたっぷりある。
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それぞれのワインも充分魅力的ではあるが、香りや味わいがはっきりしていてシンプルだ。いいワインは香りにも味にも色々な要素が見つかるような深みが必要なので、少し物足りないような気がする。「ではこの3つのワインをお好きな割合でアッサンブラージュしてみて下さい」と言われる。
立ち上がる味わい
メスシリンダーの目盛りを見ながら、少しずつワインを加える |
カベルネ・ソーヴィニヨン7割
メルロー2割
カベルネ・フラン1割
メルロー7割
カベルネ・ソーヴィニヨン2割
カベルネ・フラン1割
の組み合わせで、2通りのアッサンブラージュをしてみた。液体を量るメスシリンダーにチョロチョロと少しずつ、目盛りのところまでそれぞれの品種のワインを入れて、ガラス棒でよく混ぜてからグラスに注ぐ。さっそく香りと、そして味わいを確めてみると……
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両方とも、あの、慣れ親しんだボルドーの風味に近づいている。先ほどまで妙に素っ気なかった3つのワインが、香りに深みを、味わいに厚みを増してちゃんとボルドーらしくなっている。ボルドーの味わいの秘密は、こんなところにもあったのか。このブレンドがベースワインの良さを充分に引き出したものかどうかは判らないが、「足し算」ではなくて「掛け算」のような相乗効果を感じることが出来るのだ。
シャトー・パルメイでもアッサンブラージュ
ワイン生産者はブレンドをどのようにとらえているのか? ボルドー市街から足を伸ばすと、シャトーでアッサンブラージュを体験させてくれるところがあった。オー・メドック地区にあるシャトー・パルメイである。ここでは当主のマルティーヌ・カズヌーヴさんが、立体や絵画のアート作品が並ぶ画廊のようなテイスティングルームへと案内してくれた。ここではまず、2006年ヴィンテージの4品種を試飲した。メルロー、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨンそしてプティ・ヴェルドで、共通して砂や砂利の多い畑で作られた。どれも1年間樽熟成をさせており、新樽3割と1年・2年使用した樽を使っている。ヴァニラのような樽香がほんのり感じられる、言わば「薄化粧」タイプである。
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メルローは穏やかな香りに少しほこりっぽいような、土の香りを感じる。ほろ苦くスパイシーな風味と赤い果実味を兼ね備える。カベルネ・フランは少し青い葉っぱのような特徴と、黒いチェリーやベリーの熟したスムーズな風味があり、すでに楽しめる。カベルネ・ソーヴィニヨンはやや閉じた香り、味わいもやや硬く引き締まった感じだがシナモンのような芳香は充分。プティ・ヴェルドはブドウジュースのような生き生きとしたフルーティーさとスパイシーなアロマがあり、さらさらと熟した渋味。
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パルメイのワインがカベルネ・ソーヴィニヨンを主体としたものだとは知っていたが、やわらかく熟した香りが今楽しめるカベルネ・フランをメインにしたブレンドを作りたくなった。そこでカベルネ・フランを5割、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローを各2割、プティ・ヴェルドを1割としてみた。芳香が華やかで、赤い果物や赤い花のような香りのあるワインが出来た。
カズヌーヴさんが「これはどうですか?」と差し出したアッサンブラージュを味わう。私のブレンドとは打って変わって、風味はやや閉じているがしっかりと安定した印象である。黒い果実、赤い果実、スパイシーでスモーキーで複雑で、5年から10年の熟成ポテンシャルを感じる。この謎のブレンドは、カベルネ・ソーヴィニヨン6割、メルローを3割、カベルネ・フランとプティ・ヴェルドを5%ずつというものだった。うむ、さすがプロの腕前。同じ原酒を使っても、ブレンドひとつでこんなに堅牢なワインになるのだ。
慎重にワインを調合する |
日本で確かめるアッサンブラージュ
ボルドー訪問で品種ブレンドの効果を実感したのだが、その後ボルドーワイン委員会が日本の『バリューボルドー』2008年セレクションを発表した際に、ソムリエの田崎真也氏によるアッサンブラージュ解説のレクチャーがあった。シャトー・パルメイでの実験と同様に、参加者の前には2007年ヴィンテージのメルロー、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨンそしてプティ・ヴェルドの4品種が用意された。今回はこれらの品種を順番に合わせながら試飲して、アッサンブラージュの効果を見る。詳細は省くが、以下の3段階を踏んだ。
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■ カベルネ・ソーヴィニヨン 100ml + カベルネ・フラン 50ml (ブレンドNo.1)
ほろ苦くスモーキーながらわずかに未熟で青っぽい香りのカベルネ・ソーヴィニヨンと、この年端よく熟してレーズンのような風味があるよく熟したカベルネ・フラン。これらを2対1の比率で混ぜて試飲するとバランスが良くなった。
■ No.1 100ml + メルロー 50ml (ブレンドNo.2)
単体で味わうと土の香りと穏やか・なめらか・ふくよかな味わいのメルローを加えると、比較的スモーキーでリッチな上記のカベルネを使ったブレンドにさらに奥行きが増した。「口中での味の広がりと強さ、余韻の長さが増した」と田崎氏の説明。
■ No.2 100ml + プティ・ヴェルド 11ml
最後にプティ・ヴェルドを加えて出来るブレンドは、カベルネ・ソーヴィニヨン40%、メルロー30%、カベルネ・フラン20%、プティ・ヴェルド10%のブレンドとなる。田崎氏が「全体の骨格が良くなり、メルローが凹凸を包み込んでいる」と評する通りだった。
ボルドーと東京で検証したボルドーのアッサンブラージュ。確かに、ボルドーワインらしさを作り出す重要なテクニックとなっているようだ。あなたがボルドーのワインにガッチリとした安定感を感じるのは、こんなところにも理由があったのである。