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赤朽葉万葉、毛鞠、瞳子――現代史を背景に「旧家の女性たちの三代記」を綴った濃厚な物語。著者の力量が存分に発揮された逸品である。 |
「現時点での桜庭一樹の代表作は?」というアンケートを取れば、1位には
『赤朽葉家の伝説』が選ばれるに違いない。著者のプロフィールでも述べたように、本作は第60回日本推理作家協会賞を受賞したほか、第27回吉川英治文学新人賞と第137回直木賞の候補作にも選ばれている。もちろん賞が全てではないが、その評価が著者の知名度を高めたことは間違いないだろう。内容は――簡単に言えば――赤朽葉瞳子の語る「女性たちの三代記」であり、物語は全三部構成になっている。「山の民」の捨てた赤ん坊が村の夫婦に拾われ、製鉄業で財を成した旧家・赤朽葉家に輿入れし、予知能力を持つ「千里眼奥様」と呼ばれるようになった――これが瞳子の祖母・万葉の生涯である。そんな第一部を経て、第二部では漫画家である瞳子の母・毛毬の半生が描かれ、第三部では瞳子が殺人事件の真相に迫っていく。謎解きの興味はさほど強くないが、現代史を背景に綴られた年代記は濃密なもので、歳月の重さをはっきりと感じさせる。贅沢な読後感を味わえる正真正銘の傑作だ。
罪を共有する男女の愛憎劇『私の男』
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禁忌の愛に溺れる腐野花と腐野淳悟は「過去の罪」で繋がっていた。物語が過去に遡っていく異色のサスペンスだ。 |
しかし――何とも凄いことに――桜庭一樹の最新刊
『私の男』も
『赤朽葉家の伝説』に勝るとも劣らない作品である。尾崎美郎との結婚式を翌日に控えながらも、腐野花の心は15年前に自分を引き取って育てた男・腐野淳悟に囚われたままだった。「過去の罪」を共有する二人は近親相姦を続けてきたが、結婚式当日、淳悟は罪の証拠とともに姿を消した――と、ここまでが第1章。第2章では美郎が3年前の出来事を述べ、第3章では淳悟が8年前の事件を語るという具合に、物語は視点を変えながら過去へと遡っていく。犯罪の匂いを漂わせつつ、禁忌に堕ちていく男女の姿を巻き戻すことで、15年間の重みを強調する作りになっているのだ。謎解きは
『赤朽葉家の伝説』よりも希薄だが、夢野久作「瓶詰地獄」を思わせる構成と語りの巧みさは、ミステリファンのみならず多くの読者を魅了するに違いない。
【関連サイト】
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桜庭一樹オフィシャルサイト Scheherzade…桜庭一樹公式サイト。頻繁に更新される日記と著作リストなどがあります。
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『私の男』…文藝春秋の特設ページ。皆川博子による
『私の男』の書評が読めます。