〈想像力の文学〉の志向性

『猿駅/初恋』
「無人の改札口を出ると、そこはもう一面の猿」――奇抜なシチュエーションと叙情性を両立させた驚くべき珠玉集。
2009年3月に創刊された〈想像力の文学〉は――キャッチコピーを引用すれば――「現状のジャンル分けに収まりきらない豊饒なイメージを展開する作家のレーベル」として「文学性と娯楽性を兼ね備え、ジャンルの境界を超越し、読者の想像力を刺激する、未知の物語」の上梓を目的としている。そう書くと小難しげに見えるが、要するに"新鮮な発想で書かれた面白い物語"を追究する叢書というわけだ。ジャンルのパターンに縛られない方針だけに、お約束を求める読者には適さない(かもしれない)が、刺激的な読書に飢えた人々には見逃せない好企画なのである。

その第1回配本としては、3月に瀬川深『ミサキラヂオ』と田中哲弥『猿駅/初恋』が刊行された。ざっと紹介しておくと、瀬川深は1974年岩手県生まれ。東京医科歯科大学医学部卒。小児科医として働くかたわら、2007年に「mit Tuba」で第23回太宰治賞を受賞した新鋭である。その初長編『ミサキラヂオ』は、水産会社の社長が港町にコミュニティFM局を設立し、才能を燻らせていた人々が集結していくという物語。さほど派手な事件が起きるわけではないが、地味に生きる人々へのエールを感じさせる良作と言えるだろう。

田中哲弥は1963年兵庫県生まれ。関西学院大学文学部卒。1984年に「朝ごはんが食べたい」で星新一ショートショート・コンテストの優秀賞を獲得。吉本興業の台本作家やコピーライターを経て、1993年にライトノベル『大久保町の決闘』で小説家デビューを果たした。1998年から2007年にかけて発表された9篇に未発表作を加えた『猿駅/初恋』は、猿だらけの街、少女を食べる村の儀式、知性化された猿と女子高生の逃避行などのナンセンス(あるいはグロテスク)な状況を描きながらも、強い叙情性と切なさを漂わせた傑作揃いの1冊である。浴槽一杯の鼻血に閉じ込められた男の独白、エロティックな奇祭の顛末などを綴ったユーモラスな作品も収められており、本書を読むだけでも著者の鬼才ぶりを堪能できるに違いない。

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