■初のDTM専門誌、コンピュータ・ミュージック・マガジンが創刊

コンピュータ・ミュージック・マガジンそして、90年4月にが創刊。表紙を見ると「FOR D.T.M. MUSICIAN」と書かれていますが、おそらくこれがDTMという言葉を始めて表紙に出した雑誌だったと思います。D.T.M.なんて表現からも分かるように、まだほとんど誰も知らない言葉であり、Rolandがミュージ郎/ミュージくんで使っていたくらいのものでした。そのコンピュータ・ミュージック・マガジンも当初は不定期発行であり、やはりシナジーがほぼ全面的に編集をするという形でスタートしたのですが、Vol.4になる時点で、電波新聞社側の方針で、編集体制を大きく変更したのです。つまり、シナジーへの全面委託というのを改めて、手元で編集をする体制にし、それに伴いライター陣も大きく変えたのです。その際に、抜擢されたのがそれまで別のパソコン誌の出版社にいた寺島明人氏。そう、現在のDTMマガジンの編集長ですね。また、藤本もそのVol.4から特集を書くような形で関わりはじめることになり、寺島氏と密接な関係を持って本作りをはじめたのです。そのVol.4からは雑誌コードこそ取得しなかったものの、毎月9日発売という月刊誌の形で発行していったのです。ちなみに、シナジーとは、それで切れたというわけではなく、寺島氏を中心とする編集メンバーの一員として入る形でその後も続いていったのです。


■あまり陽の目を見なかったELECTRONIC PLAYERS MAGAZINE

ELECTRONIC PLAYERS MAGAZINE,EPマガジンそんなコンピュータ・ミュージック・マガジンが勢いをつける中、ちょっと地味な形で創刊したDTM雑誌がありました。90年9月に登場したELECTRONIC PLAYERS MAGAZINEという約90ページの雑誌で発行元はデルボオーガニゼーションというところ。当時EPマガジンという呼び方をしていたと思いますが、これはいわゆる出版社が出したものではなかったため、書店では流通しておらず、楽器店のみで発売されていました。内容的には当時のコンピュータ・ミュージック・マガジンよりは少し上という感じで、コンピュータよりもやや音楽寄り、とった位置付けの雑誌になっていました。が、やはり流通が弱かったためか、約1年で廃刊となっています。