もちろん、俊寛は平家を倒そうとたくらむほどの男だから、妻子の死だけに軽々と心動かされたのではないということもいえるだろう。でも、俊寛の、最後の船を見送るあの泣いているような叫びを聞くと、あたかも、都で待っていたはずの妻子を探しているかのような、深い深い絶望の淵を見せられたような気になる。
巨岩にへばりついた俊寛をぐるりと囲む海。海。海。岩は客席のほうへと突き出し、周り、絶海の孤島であることがいやでも分かる舞台に圧倒される。
「そうか、もういない。都にも、この島にも、どこにもいないのだ」と気づく。少将らの船が視野から離れ、この日迎える初めての一人だけの夜、俊寛がまだ自害していないとしたら、都へ戻り妻子と再び暮らす幸せに浸っている夢を見るのではないだろうか。そして何度も目が覚め、波の音に現実に引き戻され、やがてその視界には何も映らなくなるのに違いない。