歌舞伎/歌舞伎関連情報

初めて歌舞伎を観るなら、役柄を知ろう!

今度、初めて歌舞伎を観てみようという方へ。「役柄」が分かれば歌舞伎はぐんと面白く観やすくなります。役者は化粧しているし誰がどの役なのか分かりにい。パンフレットなどでストーリーを追うのも良いですが、今回は、こちらの記事でわかりやすく解説します。

執筆者:五十川 晶子

<目次>

役柄がわかれば歌舞伎はもっと楽しい!

歌舞伎の役柄

歌舞伎の役柄

歌舞伎を初めて観てみようかな。でも、歌舞伎は約束事が多くてちょっと……というビギナーの方もいるはず。今一つわかりにくいのが「役柄」ではないでしょうか。

役者は化粧しているし誰がどの役なのか分かりにい。パンフレットなどでストーリーを追っていると肝心の舞台の上のことがおろそかになってしまう。鬘や衣裳でなんとなくわかるんだけど、本当のところはどうなのだろう。そう感じている方も少なくないと思います。

歌舞伎の役柄というのはまず、当然ですが男と女に分かれます。
次に、「いい方」と「悪い方」。
これ、大事です。時代劇なども同様ですね。歌舞伎にはいろいろな役柄がありますが、この基本形がどんどん細分化されていった結果だと思ってください。
おおざっぱにいえば、男の役を「立役(たちやく)」、女の役を演ずる役者あるいは役を「女方(おんながた)」と呼びます。さらに男の役は立役、敵役、道化方、親仁(おやじ)方、若衆方、女方は、花車(かしゃ)方、若女方、そして他に子役・・と分類されます。

さてこれらの役はどうしたら見分けがつくのでしょう。現代劇なら、台詞や状況で人間関係や人物造形を読み取り・・・となりますが。
歌舞伎ではその類型を扮装で表現します。一目見て、「誰と誰の争いなのか」が分かりやすくなるというわけです。もちろん、「善と見えて実は悪人」とか、その逆なんてのもありますが。
 

歌舞伎の役柄<立役>

<立役> つまり「いい方」の男。これがさらに細分化されていきます。
実事(じつごと) 
大人の男性。立派な武士やしっかりした町人など、落ち着いた人物。白塗りで「生締め(なまじめ)」と呼ばれる鬘に、きちんとした裃など礼儀正しい衣裳。『仮名手本忠臣蔵』の由良之助や『実盛物語』の斉藤実盛、町人では『極付番随長兵衛』の長兵衛など。

荒事(あらごと)
江戸に生まれた江戸ならではの荒々しい、正義の味方の役柄。初代市川團十郎が、当時流行していた坂田金時・金平というヒーロー像から生み出した明るく豪快で、稚気あふれる役。
車鬢(くるまびん)や板鬢という大きな鬘をつけ隈取も派手。力紙を着け、仁王襷(におうたすき)をかけて、立ち回り、見得、六法など豪快な動きが特徴。
『暫』鎌倉権五郎景政、『菅原伝授手習鑑』の梅王丸、『曾我の対面』曾我五郎など。『義経千本桜』「鳥居前」の佐藤忠信も荒事系の役です。

和事(わごと)
荒事と反対に上方で発生した色男役。ちょっとなよっとした女性的な動きが特徴です。
白塗りに着流し、紙を継ぎ合わせて作った紙衣(かみこ)なども。商家の若旦那が勘当されて、という設定が多い。
『冥途の飛脚』の亀屋忠兵衛、『廓文章』の藤屋伊左衛門など。『菅原』桜丸も前髪つけており時代ものの和事師の役。『義経千本桜』「すし屋」の弥助実は平維盛も和事系の役です。
 

歌舞伎の役柄<敵役>

<敵役>芝居はやはり悪役あってこそ楽しい!

実悪(じつあく)
善玉の主役と互角に存在するとにかく大物の悪役。主役ともなりうる重要な役柄。
『伽羅先代萩』の仁木弾正は、燕手(えんで)という鬘に額に傷、分かりやすい憎々しげなスタイル。『絵本太功記』の武智光秀も天下を揺るがす大悪人。実悪の下っ端を「端敵(はがたき)」と呼びます。

色悪(いろあく)
二枚目で女をだます悪党。ワルだけど魅力たっぷりなのもこの役。
『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門が代表的な色悪。黒紋付に白塗の浪人姿。『かさね』の与右衛門も同じです。

公家悪(くげあく)
皇位を奪おうとする高い身分の悪人。
青黛(せいたい)で青い公家荒れと呼ばれる隈取をします。また金冠白衣に王子という長髪の鬘をつけることも。人間離れした扮装で王位を狙います。
『菅原』の藤原時平(しへい)や『妹背山婦女庭訓』の蘇我入鹿など。

敵役
実悪まではいかないけれど、敵サイドの役。
肌の色は赤っぽい肌色、ちょっと癖の強いチリチリの鬘の場合も多い。
『神霊矢口渡』の渡し守頓兵衛など。

赤っ面(あかっつら)
赤い顔は、まずはたいてい悪い役。
『俊寛』の瀬尾太郎、『暫』の成田五郎など腹出しも典型です。
 

そのほかの役柄とは

物語を盛り上げる様々な役柄がまだまだあります。

<道化方(道外方)>
この存在によって、お客は笑い、芝居の世界へ入りやすくなります。舞台と客がより近しいものとなる重要な役。
『千本桜』「鳥居前」「吉野山」の早見藤太、の『忠臣蔵』鷺坂伴内、『助六』の通人など。伴内は半分敵役というので「半道敵」(はんどうがたき)とも呼ばれます。

<親仁方>
男性のベテランがあたる老け役。作品全体の核となる役割ともなることも。
『伊賀越道中双六』の平作、『新版歌祭文』の久作、『菅原』の白太夫などがあります。

<若衆方>
うっとり見とれてしまう、少女かとみまごう美しい若者。
白塗り、鬘は前髪立ち、振袖を着ることも。
『白浪五人男』の浜松屋宗之助、『忠臣蔵』大星力弥や『一之谷嫩軍記』の平敦盛『野崎村』久松、『鈴が森』の白井権八も。
 

バラエティに富んだ女方の役柄

歌舞伎の役柄の華は、なんといっても女方の役々です。

<花車方>
ベテラン女方の務める役で、やはり芝居の重要な部分を担います。
『菅原』の覚寿、『盛綱陣屋』の微妙(みみょう)、『ひらかな盛衰記』の延寿など。この三人を「三婆」と呼びます。

<娘方>いわゆる若い女性の役。
赤姫(あかひめ) 見た目そのままの分かりやすいネーミング。お姫様は赤い振袖を着るため。また恋焦がれる情熱的な内面も表します。
緋綸子の振袖、打掛も縫い取りの赤、吹き輪という鬘に銀の花櫛。
『本朝二十四孝』の八重垣姫、『鎌倉三代記』の時姫、『祇園祭礼信仰記』の雪姫は三姫と呼ばれています。『桜姫東文章』の桜姫は赤姫ですが、後に風鈴お姫というあばずれ女にもなります。

町娘
商家の娘。黄八丈に黒襟なども町娘の拵えのひとつ。
『千本桜』「すし屋」のお里、『髪結新三』のお熊などが典型です。

田舎娘
都会の若衆に恋する田舎の純朴な娘。
浅葱色や納戸色などの中振袖。
『妹背山』のお三輪、『千本桜』のお里、『野崎村』お光、『神霊矢口渡』お舟などが典型です。

<傾城>(けいせい)
吉原など遊郭の女たち。太夫など位の高い遊女のことを指します。
江戸時代の傾城は洗練され教育も受けたハイレベルな女であるため、色気、品位が必要となります。
鬘に櫛笄を何本も差し、豪華な打掛に俎板帯(まないたおび)をつけています。花道などで花魁道中を見せることもあり、三枚歯の木履で八文字を描くような歩き方が特徴です。
『助六』の揚巻、『籠釣瓶花街酔醒』の八ツ橋、『曾我の対面』の大磯の虎など。

<女房役>
武家や商家の女房。

片はずし
時代ものに登場する武家の奥方や局。立役に匹敵する立女方(たておやま)の役どころです。鬘は片はずしというもので、堅実で誠実な、辛抱立役にも似た分別わきまえた大人の女性。『先代萩』政岡、『鏡山旧錦絵』の尾上などが典型です。

世話物の女房
貞淑な武家の女房で、夫や親に誠を尽くす。石持(こくもち)という衣裳が特徴。世話物では丸髷に小紋などの商家の女房役が多いです。納戸、栗梅などの無地の着物に黒襟、丸帯という地味めの衣裳。
『菅原』の戸浪、『傾城反魂香』のおとく、『心中天網島』おさん、『東海道四谷怪談』のお岩など。

<悪婆(あくば)>
といっても年寄りではない。
いわゆる毒婦。ゆすりたかりがお手の物で殺しまでやるときも。主家のためではなく、好きな男のためというかわいいところもあります。伝法でちょっとべらんめえ、男と対等に渡り歩くたくましい女。
ポニーテールにも似た馬の尻尾という鬘に茶、藍の弁慶格子の着物、半纏などひっかけていたらこの役。
『お染の七役』土手のお六、『切られお富』などが典型です。

<女武道>
男なみに力のある、動きの激しい役。
『彦山権現誓助剣』のおその、『和田合戦女舞鶴』の板額、『鏡山』のお初など。

さらに。
また加役(かやく)といって、自分の持ち役以外の役柄を務めることがあります。たとえば立役が女性の役を兼ねるなど。『鏡山』の岩藤や『先代萩』の八汐などがその典型です。
女方の役者は、きれいでやさしい美しい女性を演ずるのが身上。それ以外の、いわばマイナスイメージになりかねない役を嫌ったためともいわれます。
 

さまざまな種類の役柄……その必要性とは

しかし、なぜこんなに細分化されているのでしょう。

江戸時代にさかのぼると、歌舞伎の歴史は大きく、出雲の阿国が歌舞伎踊りを踊って以来、女歌舞伎あるいは若衆歌舞伎、そして野郎歌舞伎へと変遷していきます。その若衆歌舞伎の時代の末期、脚本の複雑化によって、配役も複雑になり、さまざまな種類の役柄の必要性が生じてきました。また、役者の個性や芸風によって生まれてきたものもあります。

その陰には幕府当局からの厳しい法令が出されているという実情があります。やれ「女を舞台に上げるな、風紀が乱れる。美少年を舞台に上げるな、やっぱり風紀が乱れる」。
いやおうなく、大人の男性だけによる芝居をやるしかない。ならば男が女役をやっていくしかない・・・・という具合に。
当局の芝居を制限する法令が、歌舞伎を「育てていった」、「鍛えていった」という見方をすることもできます。

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