●バラエティ豊かな歌舞伎のドラマ世界
たとえば、こんな感じである。
敵に狙われている主君の子供と入れ替えて自分の子供の首を打たせる。『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』
→なんとひどい話だと思うかもしれない。だが幼児虐待の話ではないのだ。ある寺子屋に今日入門したばかりの男児。この少年は非情にも師匠に首を打たれるのである。この子の父・松王丸は、菅原道真(受験の神様ですね)の息子の身代わりになるように、あえてその日に息子を入門させたのだ。この松王丸、息子のけなげな最期を知って後に号泣する。ここでもらい泣きしない人は、まずいない。
敵に挟まれて先へ勧めない。下働きの者に身をやつした主をなんとか守るために、敵の目をあざむくために、一世一代の”芝居”を仕組んだ。『勧進帳(かんじんちょう)』
→歴史に名高い源義経。彼を崇拝し守ることに命をかける弁慶たち家来。だが義経は兄・頼朝ににらまれて、東北方面へ逃げる途中に安宅の関で厳しい検問を受けるはめに。だが、弁慶のすばらしい機転と勇気と、そして関守の富樫の人情のおかで、無事助かるのだった。
田舎者だけど礼儀と金を積んで、俺はついに吉原トップの花魁を射止めた!だが彼女には実は陰に恋人がおり、ついには俺を裏切った。それも仲間のいる満座の中で。『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』
→人が人を「殺したい」と深く恨みに思うときってどんなときなのだろうか。恋人にこっぴどく振られたとき? いや、そうじゃない。昔の仲間の大勢いる前で、ひどく恥をかかされたとき。佐野次郎左衛門の場合はそうだった。この男、吉原で無差別殺戮を犯してしまう。
源平の合戦で西海の底へと沈んだはずの平家の大将。亡霊かと思ったら実は生き延びて復讐を図っていた。『義経千本桜(よしつねせんぼんさくら)』
→源義経らの源氏軍は、永年の敵・平家をついに滅亡させた。・・・はずだったが、実は彼らは生きていた。平知盛はひそかに亡霊のコスチュームを身にまとい、再び義経の前に現れる。だが結局復讐果たせず、巨大な碇を体に結びつけ、再び海へと飛び込むという凄まじい最期を遂げる。