ハンドソーンウエルテッド―丸ごと一足職人の手で仕上げられた靴。ブームになるにはそれだけの背景があって、量産品と比べるまでもなく、改めて工芸品としての美しさを実感させてくれるし、歩行をサポートするギアとして考えたとき、足裏に吸いつく履き心地はホントーに格別なものだからです。
良さを十二分認めつつ、こんな仕事をしながら、正直に告白すれば、その手の靴は一足ももっていなかった。靴に何十万円を出す価値観は、仕事とはいえ、僕の中にはなかったからである。
じゃ、なんで“足に吸いつく履き心地”なんて表現ができるかというと、取材と称していろんなところで試し履きをしてきたからです。ただ、それだと残念ながら、履き続けた時はどうなのか、ということがわからない。突っ込まれたら、ヒジョーに弱いこの部分、よーやく解消できそうです。
展示会で思わず注文をつけちゃった写真の靴。フルハンドながら価格3万9000円!! この手製靴価格破壊を実現したのは、僕が敬愛してやまないディング・神保さん。なんでこんなことが可能になったかというと、生産を中国工場の職人に頼んでいるからなのだ。
中国にフルハンドで仕上げられる職人がいたというだけでも驚きだし、それを見つけ出した神保さんの靴づくりに対する貪欲さもやっぱり脱帽。だけど、何より僕が好感をもったのは、どこか、今のブームに対するアンチテーゼを感じ取ったからだ。
今、日本では職人になりたい若者が後を絶たず、だけど生計を立てる職業としてははなはだ厳しく、職人の生活向上を考えれば、神保さんがとった選択は水を差すことになるかも知れない。ただ、高級靴ブームに乗じた(インポートの)最近のザル勘定な価格設定に疑問をもっていたことは事実だし、コレクション的価値を見出すエンスーな人々がいるのは業界の人間にとって誇らしいことだけど、そればっかりじゃどうかな~って思ってた。靴は履いてナンボ。今のブームは、大上段に構えれば、日本の靴文化の向上には何も役に立ってないじゃんか、という気持ちでいたのです。
そーゆー意味では、最高峰といわれるハンドソーンの靴を、僕らが何とか手に入る価格帯で提案した神保さんは、功罪考えても、評価に値すると思うわけです。願わくば、この靴を導入編に、良い靴に目覚めてくれると嬉しい(僕を含め)。
思わず注文をつけちゃった理由を付け加えるとすれば、ドレスシューズにないモード性でしょうか。ハンドソーンの靴をもっていなかったのは、あまりにクラシックだったこともあるのです。ジーパンで取材に行く僕にそんな靴は不釣合い。だけどどうです、適度にトウスプリングをきかせたその靴は、カジュアルなスタイリングにも違和感なく収まる。ちなみにレザーは名門としてその名を知られるフランス・デュプイ社のカーフ。
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