江村社長
日本初の航空会社の女性社長になった「エアトランセ」江村林香さん
2005年3月、陸路で6時間かかる函館=帯広間を18人乗りの飛行機で、たった1時間で結ぶ定期便が就航しました。その航空会社の名前は「エアトランセ」。率いるのは、日本初の女性の航空会社社長、江村林香(えむら・りか)社長(37)です。

社長自ら「エアトランセ」の広告塔として、時刻表の表紙、パンフレット、更には飛行機とターミナルを結ぶワゴン車に、夫婦の写真を使うなど、「40歳で1,000億円の企業を作る」という目標に向かって、突き進んでいます。

プライベートでも、就航(2005年3月13日)の約2週間後の3月30日に、2人目の子供を出産。航空会社の就航と出産が重なった2005年について振り返っていただきました。


江村さんの航空会社の社長になるまで

江村さんは、短大を卒業後、バブルの全盛期に、あえて、オーナーと役員しかいない中小タクシー会社支援ビジネスの展開を目指す会社に就職(株式会社キャブステーション)。小さな会社で、他に社員がいなければ、第一線として活躍できると考えての就職だったそうです。江村さんのその予想は当たり、6年後の26歳の時には取締役に就任。その後、音楽家派遣事業(株式会社エルパ)、インターネットでのバス・タクシー手配(株式会社ヒューマンビーグル)、ハイヤー会社(株式会社アウトドアテクノロジー)を設立しました。

そして2004年8月に、経営不振に陥り、就航できない状態が続いていた、函館=帯広間を結ぶ予定の航空会社の社長に就任。2005年3月に、18人乗りの飛行機で、念願の函館=帯広間の定期便を就航。8月には、新千歳経由便の運航を開始しました。


出張先にも子供同伴で

機体
2005年3月に就航した「エアトランセ」の18人乗りの飛行機「ビーチクラフト」
ガイド:
今年(2005年)3月13日に念願の初フライトを果たしましたが、江村社長にとって、2005年はどんな1年でしたか?

江村さん:
出産と就航が、いっしょになった大事な年だったので、私としてはまさに ゛生み出した年゛。子供は、産んだだけなので育てるのが、これから大変です。3月に生まれた娘には、就航にちなんで「そら」という名前をつけました。

ガイド:
今年を振り返り、大変で辛かったことはどんなことでしたか?

江村さん:
就航にあたり、関係省庁の検査がはじめての経験でつらく厳しく、寝不足にもなり、特に大雪で寒い時は、大変でした。また女性として、出産時に陣痛が来なくて悲しくなりました。私のような働く女性に多く見られる傾向だそうです。

ガイド:
現在、2児(3歳と生後8ヶ月の娘)の母でもある江村さんですが、子供と接する時間を、とても大切にされているそうですね。

江村さん:
子供は本当にかわいいです。現在函館に住んでますが、出張や講演会などで東京をはじめ、いろいろな所に行く機会がありますが、出来る限り、子供と一緒に行くようにしてます。例えば青森に行く場合は、函館から電車で片道2時間。子供を一緒に連れて行けば、少なくとも往復で4時間は子供と遊ぶことができるんです。そういった子供と接する時間が大好きで、大切にしています。


次のページでは、ワゴン車に夫婦の写真をペイント。広告塔としての江村さんについて聞いてます。