世界遺産の未来と文化的景観
ポルトガルの世界遺産「シントラの文化的景観」をなすシントラの街並み。 |
「紀伊山地の霊場と参詣道」がわかりやすい例で、登録されているのは寺院や道だけでなく、千年を超える神仏に対する篤い信仰心を呼び起こすもとになった深い自然も世界遺産に含まれている。この世界遺産は自然なくしてありえなかったわけで、そういう意味で「自然と人間との共同作品」と言えるわけだ。
でも、考えてみてほしい。もともと自然と隔絶した文化遺産などあるのだろうか? 城や砦、大聖堂や寺社のような宗教施設、歴史地区や旧市街のような街並み、いずれにせよアクセスのよい土地であったり周囲を見渡せる場所であったり、あるいは神々を感じさせるような神秘的な場所であったりと、自然との関わりがあったはずだ。
そう考えると、すべての文化遺産は特有の文化的景観を持つ。そういう意味でこの「文化的景観」という考え方は、いずれの文化遺産においても考慮に入れなくてはならない不可欠な概念になっていくだろう。
逆に言えば、人間のあらゆる有形の不動産が文化的景観になりうる。文化庁は巣鴨の街並みや神田神保町の書店街、浜松の楽器・バイクの工場地帯さえ文化的景観として視野に入れているという。
仮にこれらが重要文化的景観として文化財保護法の保護下に入れば、開発はできなくなる。文化的景観を保護する場合、個々の建物を守るだけでは足りず、周囲の自然環境さえも守らなければならない。保護されるべき範囲は広いし、その地域一帯の開発は進まないことになる。
いったい何を守り、何を開発すべきなのか? 文化的景観という概念は、保護と開発という人類の一大テーマに対する重要な問い掛けでもあるだろう。
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