夫婦・親子・恋人、人間関係は異なれど……

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(C)Haut et Court,France 3 Cinéma,Gimages
映画『奇跡の朝』では、先にみた市長夫妻以外にも、恋人を交通事故で無くした女性、幼い子どもを無くした夫婦と様々なシチュエーションで、違った角度から「愛する人」を無くした人たちの反応が描かれています。それでは、「年齢によって、この世に戻ってきたときのストーリーも異なる」というRobin Campillo(ロバン・カンピヨ)監督の意図に基づいて、恋人のもとに戻ってきた働き盛りの青年Mathieu(マチュー)の「黄泉がえり」第一声をみてみることとしましょう。

Qu'est-ce qu'on fait ce soir ? On mange ici ou tu veux sortir ?
(ケスコン フェ ス ソワール?オン マンジィスィ ウ テュ ヴ ソルティール? /今晩どうする?ここで食べる?それともでかけたい?)

文法的に少し解説しますと、Qu'est-ce que(ケスク)は、「何を」という意味、fait(フェ)、mange(マンジュ)、veut(ヴ)は、それぞれ動詞faire(フェール/する)、manger(マンジェ/食べる)、vouloir(ヴールワール/~したい)が主語にあわせて活用したものです。

ここでつかわれているon(オン)は、この場合「私たち」を意味するnous(ヌ)のかわりですが、口語の場合、「on」の方が頻繁に使われますので覚えておきましょう。ce soir(ス スワール)は「今晩」、ici(イスィ)は「ここ」、sortir(ソルティール)は「出かける」という意味です。

ありふれた会話+消せない溝=恐怖と不安

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(C)Haut et Court,France 3 Cinéma,Gimages
さて、先ほどのこれまたありふれたMathieuのセリフ。これまでの「黄泉がえり」ものの映画であれば、おそらく再会の喜びという感動的な場面とつながるでしょう。しかし、ここでのMathieuの恋人Rachel(ラシェル)の最初の反応は、無言で二階へ上がり寝室にとじこもるというものでした。

そして、この反応を眼にしながらガイドの頭の中をよぎったのは、ひょっとしたら「愛する者の死」というのは、「愛する者のとりかえしのつかない裏切り行為」と同義語ではないかとう考え。その事実によって、おそろしく傷付く残された人たちの心。過去の、そして、再び繰り返されるかもしれないそんな「裏切り行為」を心に大きな不安として抱えながら、なにごともなくふるまう相手にあわせて、ありふれた日常を演じる。「死者のよみがえり」というのは本当はそのようなものかもしれません。

仮に、永遠に失われた愛する人が戻って来たとしたら、あなたは、素直に両手で抱きしめることができますか?

『奇跡の朝』、9月23日(土)より、ユーロスペース他全国順次ロードショー。是非、足を運んでみてください。日本映画『黄泉がえり』と見比べてみるのも一興ですよ。

【作品データ】
邦題:奇跡の朝
原題:LES REVENANTS (2004年)
監督・脚本 :Robin Campillo ロバン・カンピヨ(初監督作品 - 長編映画)
キャスト : Geraldine Pailhas ジェラルディン・ぺラス (Rachel)
Jonathan Zaccai ジョナサン・ザッカイ(Mathieu)
Catherine Samie カトリーヌ・サミー(Martha)
Victor Garrivier ヴィクトール・ガリヴィエ(Le Maire/市長)
Frédéic Pierrot フレデリック・ピエロ(Gardet)
上映時間:103分
配給:バップ /ロングライド
日本公開:2006年9月23日 (ユーロスペース)
公式サイト:http://www.longride.jp/kiseki/

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