怯える日々は終らない
オレを無視するな! |
「オレを無視するな! 何をするか分からないぞ」
「お前の親に気をつけるように言っておけ」
「会社にお前の恥ずかしい写真をばらまくぞ」
「どこに逃げても見つけ出すからな」
「ケータイの電源を切るな」
「お前の運命はオレが決める」
「死ぬまでお前はオレのものだ」
電源を切るとまた何をするか分からないので、音もバイブレータも止めたがメール着信のランプが何度も繰り返し点滅した。家にいるのが怖いと言い出した由里に、茜が協力して当面必要な荷物を海外旅行で使ったスーツケースと大き目のスポーツバッグに詰め込んだ。由里は何をしているのかよく分かっていないようだった。茜が率先して荷造りをして無線タクシーを呼んだ。窓から見下ろしてタクシーが着いたのを確認してから、玄関でドアスコープをのぞき、さらにチェーンをかけたまま通路を見渡してから、そっと部屋を出た。
駅前でタクシーを乗り換えて、茜のマンションまで行き、今後のことを話し合った。茜は警察に言うべきだと主張した。しかし、由里はおおやけにしたくない気持ちがあった。だが、マンションの玄関ドアを使い物にならないような状態にしたこと、止まらないメールの内容がどんどん過激になっていき、
「お前を殺してオレも死ぬ」
とメッセージが来たことで、由里も警察に行くことに決めた。翌朝、会社に電話を入れて、緊急事態のため出社が遅れると伝えた。そして茜と連れ立って警察署に行くことにした。
マンションドアへの破壊行為が茜の言ったとおり『器物損壊』の罪となるということだった。しかし、晃の親がすぐに修理代を支払って補修したため、取り下げになった。その他、尋常ではない数のメールを送りつけてきたことはいわゆるストーカー行為に当たるとされた。文面が脅迫であるとも認められるようだった。それでも、なかば内縁関係といえる2人の交際事情から、警察からの「警告」にとどまった。ストーカー行為に対して、警察が「警告」することによって、大方の者が行為を止めるという。
しかし、ごく一部の者は行為を止めず、エスカレートし、最悪の事態を招くこともあるのだ。晃はいったいどちらだろうか? 警察の警告を受けた晃からは連絡が途絶えた。表面的には平穏を取り戻した生活の中で、由里は、晃と付き合いだした頃に感じていた怖さや違和感、納得のいかない感覚を無理に考えないようにしていた自分を思い出していた。本当は不安を感じていたのに、すでに付き合いだしてしまっていたので、相手に合わせたり、自分が我慢をしてその場を収めてしまってきたことに問題があったのではないかと気づき始めた。
いやならいやとハッキリ言うべきだったし、無理をしてまで付き合うこともなかった。それでも、自分が我慢をすれば晃の機嫌がよかったので、そうすることが役目だと思っていた自分を哀れに思った。(次に誰かと付き合うときはもっと自分に素直になろう。恐怖政治のような付き合いはもうごめんだ。対等な関係、平和で互いを思いやれる関係、心が安らぐ付き合い方をしたい)と思った。
由里は引越しをしたが、職場は変えていない。街角でふと晃の視線を感じるような気がすることがある。引越した先のマンションでも、エレベーターの中や通路を曲がった先に晃がいたらどうしよう? と思うと、動悸が激しくなる。いつ目の前に晃が現れるかもしれないという恐怖にとらわれたまま過ごしているのだ。何ヶ月、何年経ったら、怯える日々に終わりが来るのだろうか?
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