防犯/防犯小説

彼氏がストーカーに!怯える日々は終らない(2ページ目)

独占欲の強い恋人と別れたくなった由里。だが、別れる意思のない晃は強引な行動に出る。ストーカーに変貌した彼氏に怯える女性が考えた失敗の原因とは?

佐伯 幸子

執筆者:佐伯 幸子

防犯ガイド

未練と試練

首を絞められて
首を絞められて
由里は突然、息がつけない苦しさにもがいた。晃が由里の襟元をつかみ、力いっぱい首を締め上げるようにして壁に押し付けたのだった。晃の手を解こうとして由里の手が泳いだ。晃は血管が浮き出たようなどす黒い形相で、目をむいて由里をにらみつけていた。声が出なかった。呼吸ができないので、窒息するのではないかという恐怖にかられた。涙が目尻に溜まった。息ができなければ死んでしまう! と思ったときに、不意に晃が手を放した。

激しく咳き込んで、体が前かがみになった。横隔膜が痛むようで左腕で思わずお腹を押さえて、右手を口の前に持っていった。だが、咳き込みを抑えるより、洋服で締め上げられた首の痛みが強く、確かめるようにのどをさすっていた。何が起きたのかよく分からなかった。晃のほうを見ることもできずにいた。しばらく荒い呼吸を繰り返し、何度か深呼吸をしてからかがんだ姿勢のまま、晃を見ると両腕をだらりとしながら、ゆがんだ顔をしていた。

「何でそんなことを言うんだよっ!」とのそりとそう言うと、また由里に近づいた。恐怖ですくんだ由里の両腕が取られて、バンザイの形にまた壁に押し付けられた。「何でだよ! ふざけんなよっ! オレと別れるなんて言うなよ! 止めろよ!」と、顔がぶつかりそうなほど間近に迫り、怒鳴られたので、由里は近隣に聞かれることがいやで、小さな声で晃に話しかけ説得を試みた。「落ち着いて。お願いだから。手を放して」すると、ようやくつかんでいた由里の手を放した。

由里は両手首をさすりながら、晃に座るようにうながした。晃は素直にソファに座り込んだ。由里はキッチンに行き、震えながらマグカップにミルクティーを二つ用意した。支度をしながらまさかと思いつつ、晃に気づかれないように包丁をいつもの場所からそっと分からない場所に移しておいた。

ミルクティーを2人で黙って飲んだ。晃が「オレは別れないよ」とカップ越しに由里にそう言った。「今みたいな暴力は止めて欲しい」と言って由里は唇を噛んだ。
「オレ、興奮しちゃったんだ。お前がヘンなことを言うから」
「……」
晃はさっきまでの別人のような恐ろしい形相から、青白い顔になっていた。目に怯えがあるように見えた。由里は言葉を探していた。

「しばらく会わないほうがいいと思うんだけど。少し距離を置いて、お互いよく考え直そうよ。お仕事もして欲しいの」
「……。分かった。オレももう少し冷静になる。ちゃんと仕事をしてお前を安心させてやるよ」
思いがけず素直な言葉が返ってきて由里は少し動揺した。伏し目がちに力なくそういう晃に、やはり見捨てられた子犬のような哀れみの情を感じて、由里は挫折しそうになった。それでもぐったりと疲れ果てていたので、「あの、今日はすごく疲れたから。帰ってくれる?」と言った。

心は冷めて
心は冷めて
「分かった。じゃあ、また来るから」
鍵をかけようと玄関まで由里も行くと、晃がやさしく抱きしめてきた。白々しい思いで体をまかせたが、由里の心は冷めていた。
「さよなら」
と言って、由里はもうこれで終わりにしたいと思っていた。玄関ドアを閉めて鍵をかけて初めて由里はため息をついた。と同時に、涙があふれてきた。怖かった。痛かった。殺されるかと思った。絶対に別れようと決意を新たにしていた。未練で心の奥底が痛んだが、考えないようにした。そして、翌朝、会社に遅れて出勤すると連絡をしてから、鍵のサービスをネットで調べて、錠前の交換を依頼した。晃が合鍵をそのまま持っていったのが分かっていたからだった。


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