ハラスメント
だが、春彦は「ふう~」と息をつくと、「あ~やっぱり飲みすぎた。風呂は明日。歯磨きと顔だけ洗って寝るよ」
そう言って、洗面所に行ってしまった。拍子抜けした麻季子だったが、他所で飲んできた春彦より、二人でワインを飲んで会話を楽しみながら盛り上がるほうがいいとあっさりと気持ちを切り替えた。パジャマに着替えてベッドにドサリと横になると、春彦はすぐに寝入ってしまった。春彦の着ていた服を片付けて、麻季子も明かりを消してそっと横になった。
翌朝、遅く起きて朝風呂にゆっくりつかった春彦が遅めの朝食をとった。翔太は昼までは学校だ。食後、リビングのソファで朝刊を読み始めた春彦のそばで、麻季子はお茶をいれていた。
受動喫煙はごめんだ |
「オレが吸わないし、吸いたいやつは部屋の外で吸ってきてるよ」
「上司が吸うと部下は困るでしょうね。なかなかイヤだって言えなくて」
「ああ。※1スモハラも※2パワハラの一種だって言うからな。オレは特に嫌いだからタバコの嫌いな社員たちにはいいんじゃない」
若い頃は吸っていたのに、麻季子が翔太を妊娠したことが分かったときに禁煙して以来、キッパリとタバコを止めていた。自分が吸わないと他人からの煙に敏感になる。受動喫煙はごめんだと今ではすっかりタバコが嫌いになった春彦だった。
「ハラスメントといえば、会社で“セクハラ”の問題なんてない?」
「前に管理職のセミナーでセクハラ勉強会もあったし、会社としてはかなりしっかりしていると思うよ。これまでにトラブルもない」
「トラブルといえば、例の社内恋愛くらいしか私も聞いたことないものね。いつかの北村さんと詩織さんの件は別として」
春彦の同郷の後輩の北村と彼女の若い2人のトラブルの件では、夫婦して相談に乗ったものだった。
「まあ社内の雰囲気は悪くないと思うよ。会社の雰囲気って大事だからな。人間は環境の生き物だから。出向してきた連中も楽しそうだったよ。一番若いのはこのままこっちの会社にいたい、とか言ってさ」
「系列会社からの出向社員さんって、何人くらいいるの?」
「ん? 全部で3人。20代が1人と30代が2人。女子1人が30代前半だな」
「へえ。やっぱり仕事が出来る人たちなの?」
集中力がある |
「よかったじゃない。星野さんって独身?」
「結婚してるとは聞いてないから独身みたいだな。仕事一筋というか、ちょっと地味なタイプでね。あんまり色気もないし。あ、これはセクハラ発言だけど、もちろん当人には言ってないよ」
春彦の会社の女子社員については、社員旅行の写真を見て説明を受けており、何の心配もしていないが、30代前半独身の星野という女性については顔を見ていないだけに気にならないでもない。しかし、春彦は色気のない女が好きではないので、気にする必要はないだろうと思った。
※1スモハラ=スモークハラスメント、煙害。
※2パワハラ=パワーハラスメント、上司による嫌がらせ。