酒とカラオケの夜
その夜、春彦が帰宅したのは午前0時を回っていた。翌日が土曜日ということもあり、プロジェクト完了の打ち上げで大いに飲んできたようだった。春彦は鼻歌でかなりの上機嫌だ。洗面所で手を洗ってうがいをしてから寝室に入ると背広を脱いだ。麻季子がポケットから見えていたネクタイを取り出し、背広をハンガーに掛けながら話しかけた。「もしかして、カラオケやってきたの? また、あの歌?」
「みんなが歌え、歌えっていうんだよ。オレが歌わなきゃ始まらないって」
「あ、ちょっと」 |
「な~に言ってんだよ。オレの十八番だよ。オ・ハ・コ。あ、出向してきた系列会社の連中はちょっと意外でした、なんて言ってたな。アイ・ラ~ブ・ユ~・・・♪」
「あ、ちょっと」
「いいじゃないか」
ワイシャツ姿になった春彦が口ずさみながら麻季子に抱きつき、ゆらゆらと踊るようにじゃれてきた。打ち上げで気持ちも弛んだのだろう。春彦の行動にちょっととまどいながら、麻季子は逆らわずにいた。
「でも、飲んで来たのに昔みたいにタバコの匂いがあんまりしないわね」
「そうか?」
「香水や化粧品の匂いもしないし」
「女のいる店に行ったわけじゃない」
「フフ。でも、女子社員さんたちがいるでしょ」
「オレは麻季子一筋だよ」
ギュッと強く抱きしめられて、麻季子は息が止まりそうになり、久しぶりの感覚にドギマギした。プロジェクトが大詰めになっていたので、最近は春彦の帰宅がいつも遅く、すっかりご無沙汰しているのだ。
「私も少し飲んでおけばよかった」
「これから飲むか、一緒に?」
「あなたはもう飲みすぎてるじゃない」
「そんなことないよ」
麻季子の腰に両腕を回したまま、春彦がなんとなくアヤシイ雰囲気になったので、麻季子は少しばかり期待していた。