麻季子の日常
麻季子の日常 |
「男をつなぎとめるのは料理」といわれるが、自分が好きだからがんばるのであって目的ではないと思っている。だが、春彦は自宅で食べるご飯が一番美味しいと言ってくれる。翔太が幼稚園のときは毎日の弁当作りが大変だが楽しかったし、毎日写真を撮って記録したものだった。夫も息子も好き嫌いなく何でも食べてくれるのはありがたい。主婦業のほかに、以前はPTAの役員もやったことがあるが、たまたまこの一年はそうしたことから逃れていた。
時間があるときはインターネットを楽しむ。テレビ番組の影響というわけでもないが、以前から事件や法律といったものに興味があった。夫の読む推理小説を自分も読むし、図書館から「わかりやすい法律」といった本を借りてきて読むこともある。日常生活に少しでも役立てばという気持ちが強かった。法律というと難しいかと思っていたが、むしろ生活に密着したものだと感じていた。テレビのニュースショーを見ているときにも、三面記事的な事件が気になる。当然、心理学にも興味があった。事件を起こすのは人なのだから、その心理が事件解決の鍵になると常々思っている。
ある日の午後、10歳になる小学校4年の息子・翔太がいつものように学校から帰ってきた。
「ただいま~。ママ、今日、学校で防犯教室があったよ」
「はーい、お帰りなさい。そういえば、お知らせに書いてあったわね」
「悪い人の役をする人がね、帽子を被ってサングラスをしてマスクをしてた。でも、本当に悪い人ってそんな格好はしないよねってみんなで言ってた」
言いながら、母親が出した皿から手作りのフルーツケーキに手を伸ばした。
「ちょっと、手は洗ったの? うがいはした?」
ケーキの上に手をかざして、母の麻季子が翔太の手をさえぎった。
洗面所から戻った翔太に薄い紅茶にミルクと砂糖を入れたティーカップをすすめて、麻希子もダイニングテーブルの椅子に座り紅茶を飲んだ。
「翔くん、こぼさないで。でもそうね。見てすぐに悪い人だって分かるような格好をしていたらすぐに捕まっちゃうよね。そっか。よくそこに気がついたね。偉いなぁ」
「でも、小さい子はああいうものだって思っちゃうかもね。ぼくたちは大きくなったから本当は違うって分かるけどさ」
まるでおとなのような口ぶりだが、そういう翔太もつい数年前までは幼稚園生だったし、小学校に入学したばかりだったのだ。子どもの成長は早い…生意気なことを言うようになった息子をつくづくと見た。
「でも、じゃあ本当に悪い人はどういう格好をしているか分かるの?」