子どもが狙われるのはなぜ?

何が危ないか分からないとキケン
何が危ないか分からないとキケン
痛ましい事件に子どもを持つ親だけでなく、心あるすべての人が憤りを覚えています。なぜ、小さな子どもを狙った犯罪が後を絶たないのか、悪事を働く人物がなぜ次々と出現するのか、その疑問に明確に答えられる人はいないでしょう。

ただ、分かることは、いつでも被害者は小さき者、弱き者であることです。ガイド記事子どもを犯罪から守る7か条などでもたびたび書いてきておりますが、犯行をたくらむ人物は確実に遂行するために、自分より必ず弱い者を狙います。通り魔事件などで、「容疑者は誰でもよかったと供述している」と報道されることがありますが、「誰でもいい」はずはありません。

これまでの事件で、襲撃されたのは子ども、女性、高齢者などばかりです。なぜか? 抵抗されたり、反撃される確率が低く、仮に抵抗されても、体格や体力などで勝っている自分が優位に立てると確信しているからです。刃物や拳銃などで武装していない限り、誰も自分より明らかに大柄だったり、強そうな人は狙わないでしょう。

体の小さい子どもは、小さいがゆえに、ほかの大人に比べて襲撃の対象にされやすいのです。ということは、とりもなおさず、すべての子どもは危害を加えられる危険性があるということになります。さらに言えば、「一人で行動する時間の長い子はそれだけ危険度が増す」ということです。何が危ないのか、それを分からずにいては防ぎ方も分からないでしょう。

わが子の行動範囲にある“死角”を把握せよ!

いつもの道でも油断しない
いつもの道でも油断しない
いくら「集団登下校」をしても、最後には一人きりになってしまう子どもがどうしてもいるはずです。その上、子どもの通学路であっても、住宅街などでは子どもの背より高い塀があり、たとえ住宅内に人がいたとしても、互いに視界に入りません。また、誰も四六時中外を見ている人などいません。

つまり、日中、昼間であろうとも、朝であっても、人の目に触れない時間、場所であれば、そこは死角になります。以前にも書きましたが、「死角」とは、英語で「Dead Angle」すなわち「死んでいる角度=見えない角度」ですが、私は「死を招く角度」あるいは「死ぬ角度」だと言っています。誰からも見えない角度、範囲ということですが、この死角は通学路にも建物にもあります。

当然、距離、時間が長くなるほど、死角は多くなるでしょう。同じ学校から下校しても、自宅までの距離、通学路の状況などは、児童によって異なります。学校では多くの児童一人ひとりの通学路の死角を把握することは困難でしょう。となると、やはり親などの保護者が、実際に子どもと一緒に通学路を歩いて、通学路の危険を把握するしかありません。

わが子の通学路の死角をどれだけ把握しているか、さらにそうした危険箇所をどのように通るべきかを伝えられているか、子どもの安全への親の関わり方の度合いによって、子どもの危険度は違ってきます。「わが子の生活範囲の“死角”を把握すること」が、今、すべての親に求められているのです。

p.2一人の時間をどう動くか/親子で確認、時間と場所の死角/あなたの一票/関連ガイド記事