ある事故
平成13年10月23日夜11時10分頃、東京都世田谷区の北沢2丁目の小田急線踏切で俳優の菅原加織さん(31歳)が新宿行き上り電車にはねられ、約2時間後に病院で亡くなられました。将来を嘱望されていただけに誠に痛ましく残念な事故でした。心よりご冥福をお祈りいたします。前年6月にも、兵庫県内の踏切で深夜に携帯電話で話しながら、遮断機をくぐって線路内に入った18歳の女性が特急列車にはねられて死亡したケースがあり、拙著『父が娘に読ませたい「安全作法」の心得』中経出版でも、ワーストケースファイルとして取り上げていました。今回もまったく同様の事故といっていいでしょう。
誰もが持っている携帯電話ですし、歩行中の通話もそこかしこで行われています。しかし、電話で話をしていると周囲の状況がわかりにいくい点は、携帯電話が普及しているほどには理解されてはいないようです。
携帯電話が招く危険
実際に試してみるとおわかりいただけると思いますが、電話を持った手によって右なら右側、左なら左側の視界がかなり狭まるという事実があります。そうでなくても自分の後方には振り向かない限り、視線が届きませんから状況が見えません。つまり、受話器なり携帯電話を持つことで、自分の目に入る視野が一段と狭くなるのです。さらに、受話器や携帯電話をあてている方の耳だけでなく、あいている方の耳も実は通話に集中しているのです。人によっては電話の相手の声がよく聞こえるようにと、もう一方の手で耳をふさいだり、耳に指を入れるなどして電話に集中しようとします。
そうまでしなくても、「相手の話を聞こう」という姿勢が「聞く」という動作を集中させるので自然とあいている耳も周囲の音を遮断するのです。雑踏の中や、会社内の喧噪の中でも電話ができることや、何かに集中しているとすぐそばのテレビやラジオの音も聞こえていない状態のときがあることを思い出してください。
このように電話で通話していると「視界がせまくなっている」「周囲の音が聞こえにくくなっている」という事実があるのです。つまり周囲を「見ているつもりで見ていない」「聞いているつもりで聞いていない」周囲が「見えているつもりで見えていない」「聞こえているつもりで聞こえていない」状態なのです。
通話中は実に無防備な状態にあるということです。さらにそこに予測していない車や電車などの移動物体が接近してきたとなると、どうでしょう。
踏切が危ない!
踏切というのは「開かずの踏切」という言葉をどこでも聞くように、歩行者からすると待っている時間の長いものです。しかし、日常的によく利用したり、慣れた場所だと「この上りが行けば遮断機が上がるな」とか、「このあとまだ下りが来るな」とか、ある程度予測ができるようになるものです。そして、踏切は列車が過ぎ去った後でも、すぐには遮断機は上がらないものです。ある程度過ぎ去ってからようやく警報機が鳴り終わって、それから遮断機が上がるのです。この数秒の時間が、慣れてくると意識の中で(もう電車は過ぎた)という合図に変わってしまうのでしょう。
ところが、列車の時間というのはいろいろな事情で変化するものです。事故や故障などでダイヤが変わってしまうのです。(いつもこの時間の上りは行ったら遮断機は上がる)と思いこんでいても、その通りなのかどうかはわからないのです。「思いこみ」というのはときに取り返しのつかないことになるのです。
p.2…どちらに持っていたか/女性の歩行中の携帯電話