
年齢を重ねるとともに訪れる「この先の仕事や収入はどうなるのか」という不安。長年フリーライターとして活動してきた神舘和典氏も例外ではありませんでした。60代を迎え、仕事の減少に危機感を覚えた神舘氏は、求人サイトを通じて自らさまざまな現場へ飛び込みます。
著書『60歳からのハローワーク』(飛鳥新社)で体当たり取材をつづった神舘氏に、45度のビニールハウスでの農作業や知られざるラブホテル清掃の現場など、11の職種で実際に働いて分かった「シニア雇用の現実」と、定年後に自分に合った仕事を見つけるためのヒントを語っていただきました。
【前編を読む】
「このままでは寂しい高齢者に……」仕事減の60代ライターが“11の現場”で見た、シニア雇用の現実
目次
ゴミ収集で覚悟した「職業差別」と、実際に触れた温かい人情
――神舘さんが体験された仕事の中には、ゴミの収集や清掃作業など、多くの人が少し躊躇(ちゅうちょ)してしまいそうな作業もありましたね。現場に入る際、抵抗感はありませんでしたか。
もちろん、まったく抵抗がなかったわけではありません。でも、この機会にいろいろな業種・職種にチャレンジしようと決めてはいました。自分を試したかったからです。そして現場に飛び込むと、皆さん仕事に真摯(しんし)に取り組んでいました。使命感のようなものも感じました。
また、肉体労働系の現場は体育会ノリで、概して明るい雰囲気があります。おおらかなかたが多く、ときどき失敗して叱られはしましたが、同じミスをくり返さなければ気持ちよく働かせてもらえました。そういう職場の空気はとても新鮮でした。日本社会のいいところではないでしょうか。
実は清掃車でゴミの収集をやるとき、僕はある程度、職業差別を受けることを想定していました。作業着は徐々に汚れてきます。汗もかきます。清潔ではいられません。清掃車は狭い道に入り停車するので渋滞も引き起こします。罵倒されるだろうと覚悟して臨みました。でも、少なくとも僕の働いた地域の住民の人たちはとても温かったです。
ゴミ収集場でお年寄りが待っていて「いつもご苦労様です」と言ってくれたり、個人宅で冷たい飲み物をふるまってくれたり。コンビニでトイレを借りる際も、お弁当屋さんも、とても気持ちよく対応してくれました。
素手で大人のおもちゃを消毒……知られざるラブホテル清掃の現実
――ラブホテルの清掃現場はかなり生々しかったそうですね。
ああ……、最初はきつかったです。掃除で1部屋目に入ったら、使用したばかりの電動のオモチャがベッドの上でうねうねと動いていたんですよ。まるで生き物のように。これ、どうするのかな……とうろたえていると、40歳くらいの先輩の女性スタッフに消毒を命じられました。スイッチを切って、被っているゴムを取って、消毒液を吹きかけて布でぬぐいました。そのホテルでは素手で行う作業でした。最初は勇気がいりましたね。消毒済みとはいえ、見知らぬ男女が使ったものを自分たちも使うマインドは理解できません。
幸い僕は遭遇しませんでしたが、ベッドやソファや浴室が排泄物や吐瀉物(としゃぶつ)で汚れていることは珍しくないそうです。夜は酔っ払ったカップルが多く嘔吐してしまう。女性にお酒を飲ませて酔わせてホテルに入る、古典的なナンパも減っていないみたいです。
――すると、ラブホテルが一番つらかったですか?
ううーん、それでも慣れればやれない仕事ではないと感じました。ほんとうにつらかったのは、山小屋への食糧運搬です。そして沖縄でやったマンゴー畑の仕事です。この2つは自分の肉体の限界を感じましたから。
45度のビニールハウスで、体力の限界を感じた「真夏のマンゴー畑」
――沖縄のマンゴー畑で働くなんて、楽しそうに思えますが。
僕も行く前はワクワクしていました。ところが、たぶんこの仕事が一番きつかった。マンゴーの収穫は真夏で、僕は8月の中旬のお盆休みの週に行きました。場所は、山原(やんばる)と呼ばれる本島の北部で、那覇空港からクルマで2時間半くらいかかります。
そのときの沖縄の気温は35度くらい。でもマンゴーを育てるには45度が適温らしく、ビニールハウスで育てていました。ハウスに入った瞬間、全身から汗が吹き出しました。雑草を抜く作業から始めましたが、暑くて暑くて5分くらいでふらふらです。腰もつらかった。身体を冷やしたくて水をガブガブ飲みましたが、すぐに汗になってしまいます。
それでも、収穫するのは大きく育った実なので、商品にならない小さい実は食べさせてくれました。甘くて、抜群の味でした。あのときは生き返った気分になりました。
マンゴーの収穫は、体力に自信があれば、楽しい仕事かもしれません。畑のオーナーは定年退職後60代で農業を始めたそうです。今は80代ですが、てきぱきと働いていました。悩みは跡継ぎがいないことだといいます。次世代の働き手を探している農家が沖縄にはたくさんあるそうです。本気で沖縄に移住を考えるならば、仕事が見つかりそうです。
「自炊の経験」が生きたグループホームでの食事作り
――想定外に適性を感じた仕事はありましたか。
それは、脳障害のホームで食事をつくる仕事でしょうか。炊飯器をはじめ電気での煮炊きや湯煎や解凍ばかりだったので、問題なくやれました。キッチンには基本的に刃物を置かないルールです。僕は1人暮らしでふだんから自炊しているので、炊事は負担には感じませんでした。
迷ったら「大手企業」に応募すべき理由と、長く働くコツ
――定年年齢を迎えて、でもこれから仕事を探したい、ただなにをやっていいか分からない、という人にアドバイスはありますか。
あまり偉そうなことは言えませんが、ちょっとでも興味を覚える仕事があったら、トライしてみてはいかがでしょう。求人サイトを開くと、今は1日単位でも、半日でも、募集はありますから。実際に働いてみないと、自分の体力も、適性も分からないので。
なにからトライしたらいいのか分からなかったら、とりあえず、大手企業の仕事をおすすめします。大きな会社は労働環境が整備されている現場が多いからです。そこに誰が働きにきても機能するようになっています。
僕は著書『60歳からのハローワーク』のなかで、宅配便会社の倉庫で仕分けをやりました。また、ファストフード店でも働きました。この2つは誰もが社名を知る会社です。こういう会社はマニュアルがきちんとしているので、決まった通りに働けば問題なくやれます。すると達成感を得られます。自分に自信も持てました。まだまだいける、と思うことができました。そうして自分に合う仕事に出合えたら、それを中期・長期と続けてみてはいかがでしょう。
また、デスクワークの求人を見つけたら、やってみるべきです。肉体労働と比べると貴重です。身体への負担が少ない分、長く働けると思います。
【前編を読む】
「このままでは寂しい高齢者に……」仕事減の60代ライターが“11の現場”で見た、シニア雇用の現実
神舘和典 プロフィール
1962(昭和37)年東京都生まれ。雑誌および書籍編集者を経てライター。政治・経済からスポーツ、文学まで幅広いジャンルを取材し、経営者やアーティストを中心に数多くのインタビューを手がける。中でも音楽に強く、著書に『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』(新潮社)など。






