
家庭内での「モラルハラスメント(精神的な暴力)」や「ドメスティック・バイオレンス(DV)」は、どの家庭でも起こりうる身近な問題です。そして、夫婦間のモラルハラスメントやDVで、その影響を最も強く受けるのは、実は子どもたちであることが少なくありません。その場で何も言えず、大人のやりとりを見つめることしかできない子どもたちに、悪い影響を及ぼしてしまうのです。
例えば、夫婦げんかなどで父親が母親を強い口調で否定した後、「ママはダメだよね?」と子どもに同意を求める場面を思い浮かべてみてください。その場にいる子どもは、どのような気持ちになるでしょうか。夫婦の立場が逆の場合も、同様です。
ちょっとした愚痴に見えるかもしれませんが、これは子どもの心を激しく揺さぶり、深いトラウマを植え付ける深刻な行為になりえます。「これくらいの文句なら大丈夫」「まだ小さいから分かっていないだろう」と思う方もいるかもしれませんが、将来的にさまざまな影響を子どもの心に残すリスクがあります。具体的には、精神的に不安定になったり、人を信じるのが難しくなったり、学習意欲が低下したりといったことが報告されています。
今回は、国内外の最新の研究論文をもとに、家庭内の配偶者への言動が子どもの心に与える影響と、その傷を修復するために私たちは何ができるのかについて、一緒に考えていきましょう。
夫婦げんか中であれ、配偶者の愚痴や不満を子どもに聞かせてはいけないワケ
「パパってだらしないと思わない?」「お父さんみたいな大人になっちゃだめよ」
あなたは、このような言葉を子どもに言ったことはありませんか? これらは単なる感情的な愚痴ではなく、「DVの一種」と考えられています。DV研究の分野では、こうした言動は、「子どもを支配の戦術として使う行為」であるとされているのです。
2024年の米国ミシガン州立大学のサリバン教授らが発表した長期調査を紹介しましょう。
この研究では、家庭内暴力の被害を受けた母親277名を対象に、2年間にわたる追跡調査を行いました。この研究の中で、多くの加害パートナーが、子どもを使い母親を追い詰め、コントロールするための道具として意図的に利用している実態が明らかになりました。例えば、以下のような「戦術」が報告されています。
- 子どもを利用して、母親の現在の行動や居場所に関する情報を探らせる
- 子どもを母親に対して敵対させ、母親としての権威を家庭内で失墜させる
- 子どもを介して、別れた母親に対して復縁を迫るようにプレッシャーをかけさせる
この調査は母親側が被害者のケースですが、こちらも夫婦が逆でも同様です。米国での調査ではありますが、特に日本においても、夫婦間の愚痴や不満を子どもに聞かせてしまう場面は少なくないでしょう。他人事ではないのです。そして、これらは子どもの精神にも多大な影響を及ぼします。
トライアングレーション(三角関係化)とは? 子どもが「目撃者」から「共犯者」になるリスク
では、こうした行為の何がいけないのか。最も問題なのが子どもが単なる傍観者ではなくなり、「共犯者」になってしまうことです。親が自分の都合で子どもを「道具」のように利用してしまうことで、子どもには「共犯者になってしまった」という意識が植え付けられてしまいます。心理学の世界では、こうした関係性を「トライアングレーション(三角関係化)」と呼びます。
本来、夫婦の問題は大人の間で解決すべきものです。しかし、激しい不和がある場合、加害親は子どもを巻き込んで世代を超えた同盟を結び、両親のどちらかを非難する不健全な三角形を作ってしまいます。そのため、子どもは親への自然な愛着を否定され、どちらか片親に同調しなければ安全が脅かされるため、家庭が常に緊張を強いられる場所になってしまうのです。
2018年の英国のレビュー論文によると、こうした「心理的支配」が、子どもの精神的健康の悪化や不信感、学習意欲の低下などの深刻な問題につながるとされています。海外の研究ではありますが、特に日本においても家庭内の不和を子どもの前で見せてしまうケースは珍しくなく、参考になる知見といえるでしょう。
特に、小さな子どもほど苦しみを言葉にできないので、本人が気づいていない場合や、はっきりした自覚症状がなくても、睡眠障害などの目に見えない形で精神を蝕む可能性があります。本当に注意が必要です。
夫婦の問題から子どもを守るには? 家庭内でできる4つの対処法
では、子どもがこのような「共犯者」としての重い意識を持たず、健やかに育つためには、日頃からどのようなことに気をつければよいのでしょうか。
米国で行われたハイト教授らによる調査(2007年発表)では、家庭内の問題を経験した17名の母親を対象に、子どもをいかにして守るかという保護戦略について詳しく分析されました。この研究などをもとに、私たちが日頃から実践できる具体的な心がけをいくつかご紹介します。
1. 「あなたのせいではない」と言葉で伝える
子どもは夫婦げんかなどの両親の不和を目の当たりにすると、「自分が悪い子だからではないか」と自分を責めてしまいがちです。そのため、「パパとママの問題であって、あなたは何も悪くないんだよ」と、何度も言葉にして伝えて、大きな安心感を与えてあげることが大切だといわれています。
2. 嘘をつかず、年齢に合わせた誠実な対話を心がける
家庭内の不穏な空気を隠そうとして嘘をつくと、子どもはかえって混乱してしまうかもしれません。
ハイト教授らの研究でも、子どもの成長段階に合わせながら、嘘をつかずに誠実に事実を説明し、子どもの質問に答える「限定的な真実の開示」(子どもの年齢や理解度に応じて、必要な範囲で事実を伝えること)が、子どもの心の負担を減らすことにつながるとされています。
3. 未来への希望を根気強く届ける
子どもに対して、これからは安全に暮らせること、そして、「状況はきっとよくなるよ」という前向きな見通しを根気強く示してあげることが、子どもの成長や回復力にも役立つとされています。
4. 「言葉の暴力やモラハラは間違っている」と教育する
大人の都合や配偶者への不満を子どもに同意させるのではなく、「相手を傷つける言葉や態度は、いかなる理由があっても間違っているんだよ」と明確に教えることが、子ども自身の心の軸を整えるために有効であると考えられています。
夫婦間のモラルハラスメントやDVは、大人が想像している以上に、子どもの心につらく、長く残る影響を与えることがあります。しかし、これまでの関わりを振り返り、「もしかしたら子どもを傷つけてしまったかもしれない」と気づいたその瞬間から、やり直すことはできます。
児童精神科医としてお伝えしたいのは、まずは日々の声かけや子どもへの向き合い方を少しずつ見直すことです。「今これから」子どもの心に安心感を積み重ねていくことが、何より大切です。
■参考文献:
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