
クマの人間に対する認識は大きく4つのタイプに分類されるのをご存じでしょうか。人を恐れるか恐れないか、人間からのリターンが有るか無いかによってクマの行動パターンは変わってきます。
クマの生態を研究している小池伸介さんの著書、『クマは都心に現れるのか?』では最新のクマ情報を詳しく解説。今回は本書より一部を抜粋し、警戒心なく人を恐れないクマの出現に至る背景に迫ります。
人間に対するクマの認識
ここでは4象限モデル図を使い(図7)、人間とクマの関係をクマから見たリスクとリターンで示してみたい。

この図は一見してわかる通り、人が怖いか怖くないか、リスクが高いか低いか、人に遭ってもいいことがあるかないかによって分類される4つの象限を表している。
概念的に整理すると、日本の多くのクマは左上に位置付けられるクマであると考えられる。人は怖いし、人に遭ってもいいことがないという意識を常に持っている。
そのため、今までの事故というのは出会い頭に、防衛を目的に襲うという行動が多かった。そして、意図せぬ遭遇事故があっても、その後、クマはどこかに去ってしまっていた。こうしたクマに対しては、鈴で音を出し、人間の存在を知らせることが有効であろう。
人を恐れないクマの増加
ところが、2025年によく出てきた街の中を平然と歩くようなクマは、左下のクマであり、そうしたクマが少しずつ増えてきているのではないかと考えられる。人が怖くなく、リスクも感じていないのだろう。
ただし、人と遭うことに対してのメリットは学習していないのなら、単に人間が怖くないので山の中と同じように人里で悠々と行動しているだけであり、リターンである食べ物を期待しているわけでも積極的に人間を襲ってくるわけでもない。また、人と遭遇して攻撃に至ったとしても、すぐにその場から立ち去る。
問題なのは、右側のクマだ。人は怖いけれども、何かいいことがあると学習したクマ。右上のクマは、容易に右下のクマになり得る。最初は怖いけど人間の近くに食べ物があって美味しかったと学習し、人間とリターンが結びついてしまう。
クマは賢いので、右上で止まることはなく、さらに学習することによって右下のクマになることがある。左上のクマがいきなり右下のクマになるわけではない。もちろん、いろいろな偶然が重なり、左上から右下に行動変容するケースもあるかもしれない。
だが、おそらくそうしたクマはほとんどいないと私は考えている。つまり、クマによる被害を減らしていくためには、最も多いと考えられる左上のクマを、いかに左下や右上のクマにさせないかが重要なのである。
「鈴」がクマをおびき寄せるケース
ここで改めて「鈴」の話に戻ると、この図を理解しやすい。笑い話ではあるが、私がノルウェーで友人と話す中で、「日本ではクマ避けのために鈴をつけて山中に入る」という話をしたところ、現地の人から「命知らずだ」と笑われた経験がある。
ノルウェーではヒグマが林内放牧中のヒツジを食害することがある。ヒツジの飼い主はヒツジの居場所がわかるように家畜に鈴をつけて放牧するのだが、「鈴の音=食べ物」と学習したクマが近付いてくる恐れがあり、山では鈴を持ち歩かないのが常識だという。
つまり、クマが「鈴の音=会いたくない人間」と学習して警戒している状況なら鈴は有効だが、「鈴の音=食べ物」と学習したクマと遭遇した場合は、逆効果になる可能性があるということだ。
そして、特定の個体が「鈴の音=食べ物」と学習する状況は、日本でも当然起こり得る。特にクマは記憶力がよく、人が持っていた食料の味を知れば、人への怖さよりも食への欲求が勝り、同じ行動を繰り返すことも考えられる。当然、子グマが母親の行動様式を学ぶことで、鈴の音の効果が薄いクマが広がる恐れもあるだろう。
日本の大部分のクマは依然として人に会いたくない左上のクマの状態と考えられるため、現時点では鈴に一定の効果があるが、このまま左下のようなクマが増えてきた際には、鈴を持っていてもクマに出遭う確率は高くなるかもしれない。
著者:小池 伸介(東京農工大学教授)
1979年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院農学研究院教授。東京農工大学大学院連合農学研究科修了。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地、神奈川県丹沢山地などにおいてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。2024年よりNGO日本クマネットワークの代表も務める。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)など。






