
悠仁さまが成年を迎えられたのを機に、皇位継承を巡る議論への関心が高まっています。
皇室の安定的な継承は、日本の皇室制度そのものに関わる重要なテーマです。男系男子による継承の仕組みや、少子化・晩婚化による影響など、その背景には複雑な課題があります。
この記事では、『教養として学んでおきたい日本の皇室』(西川恵・著/マイナビ出版)より一部を抜粋・編集し、皇位継承問題の背景を読み解きます。
待ったなしとなった皇位継承問題
象徴天皇制の危機を最も鋭く示しているのが皇位継承問題で、それは「天皇の地位を継ぐ者が途絶える」という一点に集約できます。このままでは皇室の存続が危うくなるという認識は皇室に関心を持つ人の間では以前からありました。
しかし一方で、「何とかなるだろう」「誰かが何とかするだろう」という根拠のない楽観的な見方もあって、先延ばししてきたのが実情です。
しかし明仁天皇の退位に伴う徳仁天皇の即位と、これに伴い秋篠宮文仁さまが皇位継承順位第1位の皇嗣になられたことで、この問題が悠長な取り組みを許さないものであることが切迫感をもって示されたのです。
「皇位は、皇統に属する男系の男子たる皇族が、これを継承する」(憲法第2条、皇室典範第1条・2条)との規定に沿えば、皇位継承者第1位の秋篠宮さまにつづく2位が秋篠宮悠仁さま、第3位が常陸宮正仁さまとなり、そのあとは誰もいません。
加えて「内廷にある皇族」(狭い意味での天皇家、独立した宮家を持たない皇族)に、皇位継承権を持つ人が一人も存在しない状態となったのです。現在の皇室典範が施行(1947年5月)されて以降、初めてのことです。
明治天皇、大正天皇、昭和天皇、明仁天皇は、いずれも自分の後継者が子どもにいましたが、徳仁天皇になって自分の子どもの後継者がいなくなったのです。
しかも秋篠宮さまは1965年生まれ、常陸宮さまは1935年生まれ。万が一、2006年生まれの悠仁さまに何か不測の事態が起こって皇位継承ができなくなると、現在の仕組みを維持している限り、天皇制は自然消滅することになります。
また悠仁さまが皇位を継承したとしても、象徴天皇制を長期にわたって悠仁さまお一人の肩に担っていただくことには無理があります。男子が生まれる保証もなく、「男子が生まれることに期待しよう」という偶然性に天皇制を委ねるわけにはいきません。
直系男子継承を支えてきた側室制度
皇位継承には皇室典範の規定から三つの条件があります。
1. 皇位継承の範囲は、皇統に属する直系男子に限定する
2. 皇族は、養子を迎えることはできない
3. 皇族女子は、皇族以外の者との婚姻によって皇族の身分を離れる(第12条)
こうした制約の下で、皇位の安定継承が危ぶまれるようになった背景は大きく二つあります。
一つは側室制度が昭和天皇のときに廃止されたことです。
江戸時代から数えて19人の天皇が即位していますが、婚姻関係にある夫婦から生まれた嫡出子が天皇になったのは4人に過ぎず、そのうち一人は女性の明正(めいしょう)天皇(第109代、在位1629~1643年)でした。つまりあとの15人は側室から生まれたのです。
側室制度はある意味、直系男子の天皇制を維持する仕組みでもあったわけですが、昭和天皇の時代に側室制度が廃止されました。今日、この復活はあり得ません。
少子化・晩婚化が皇室にも及ぼす影響
二つ目の背景は、近年の晩婚化と少子化です。
かつて男子皇族の多くは20代半ばで結婚しました。しかし晩婚化の波は皇室も無縁でなく、加えて古いしきたりと伝統を守る皇室に入ることをためらう若い女性が増えているのも現実です。
ちなみに上皇が結婚されたのは25歳、美智子上皇后は24歳でした。徳仁天皇が結婚されたときは33歳、雅子さまは29歳です。秋篠宮は24歳、紀子さまは23歳でした。
女性皇族の場合も、戦後でみると以前は20代前半で皇籍を離脱し、結婚していました。上皇の姉の池田厚子さまは1952年に21歳で、上皇の妹の島津貴子さまは1960年にやはり21歳で結婚されています。
その後、三笠宮の第二女子、千容子さまは1983年に31歳で、上皇の第一女子の黒田清子さまは2005年に36歳でした。また高円宮家の第二女子の千家典子さまは2014年に26歳で、高円宮家第三女の守谷絢子さまは28歳(2018年)で結婚されています。これを見ても、晩婚化が見て取れます。
また少子化は皇室活動、とくに国際親善活動の制約要因になっています。
現在の皇室の構成は天皇を中心に18人。このうち女性皇族は13人です。(※書籍発売当時)
外国訪問ができる男性皇族が事実上、皇嗣の秋篠宮さまだけになっている現在、女性皇族にも外国訪問など友好親善に努めていただかなければならないケースが増えています。
しかし13人の女性皇族のうち30代以下の未婚の女性は6人と、適齢期の独身です(※書籍発売当時)。ご結婚でこれ以上減ると、皇室活動にも支障が出るのは明らかです。
この書籍の著者:西川 恵 プロフィール
1947(昭和22)年長崎県生まれ。71年毎日新聞社入社。テヘラン、パリ、ローマの各支局、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。仏国家功労勲章シュヴァリエ受章。『エリゼ宮の食卓』(新潮社)でサントリー学芸賞。『ワインと外交』(同)、『知られざる皇室外交』(KADOKAWA)など著書多数。






