
クマの脅威はもはや山奥の出来事ではありません。2025年、クマ被害の規模は統計開始以来最悪の年となりました。
クマの生態を研究している小池伸介さんの著書、『クマは都心に現れるのか?』では最新のクマ情報を詳しく解説しています。
今回は本書より一部を抜粋し、東北地方のある集落で起きた凄惨なクマ実害の真実に迫ります。
ある夏の朝、東北地方のある集落で
2025年7月4日、午前7時30分頃。岩手県北上市和賀町山口26地割の住宅で、80代の女性が血を流して倒れているのが発見された。クマによる人身被害である。女性は死亡していたという。この地域では、実は事故の前から異変が続いていたようだが、対応は後手に回った。
6月30日、小屋に侵入。7月1日、倉庫に侵入し米2袋を食べる。7月2日、再び小屋に侵入。7月3日には同じ家に2回侵入し、米を食害。事故当日の7月4日を挟んで、7月7日には倉庫の外壁が壊され、7月8日には同じ家に2回侵入して米を食べ、7月10日と11日も小屋への侵入が続いた。1週間以上にわたる執拗執拗な行動が続いていたのである。北上市は危機対策本部を設置し、わな設置と巡回を実施した。
そして、7月11日、1頭のクマが駆除された。岩手大学が遺伝子解析を行った結果、7月4日に人身被害が発生した家屋から採取したクマの体毛と、7月11日に駆除したクマの筋肉サンプルから抽出したDNAの型が一致した。加害個体と特定されたという。しかし、それで終わりではなかった。
時を同じくして別の場所でも被害が
同じ7月、秋田県北秋田市で70代の女性が障害者施設の敷地内でゴミ出し中にクマに襲われた。頭や顔に重傷を負い、後日、死亡した。10月8日には、秋田県大館市の米代川河川敷で、ウォーキング中の50代男性がクマに顔を嚙まれひっかかれるという被害が起きる。
そして、10月16日、再び岩手県の北上市。和賀町の瀬美温泉で、清掃作業中の男性従業員が行方不明になったと警察が発表した。翌17日、岩崎新田地区で遺体が発見され、その付近にいたツキノワグマ1頭が駆除された。遺伝子解析の結果、このクマが加害個体と特定されたという。
瀬美温泉は、東北本線や秋田新幹線の路線から10㎞ほど西へ入った山間にある。2㎞ほど東へ出ると集落が点在し、田園が広がっている。決して秘境というような環境ではない。人が普通に暮らし、働き、散歩する場所である。
これまでとは異なるクマの行動
北上市和賀町での7月と10月、2度の死亡事故。その間、執拗に続く家屋への侵入。米を食べるクマ。そして、人を襲うクマ。これまで、クマが人を襲うのは防御目的の攻撃と説明されてきた。だが、これらのクマの行動は、もはやその枠では説明できなくなっているように見える。北上市だけの話ではない。
2025年には東北地方を中心に日本各地で経験したことのない規模と質のクマ被害が発生した。統計開始以来、最悪の年といえる。いったい何が起きているのだろうか。クマが変わったのか、人間社会が変わったのか、それとも両方なのか。2025年の被害は全国的にどのような規模だったのか。
詳しくは本書にて解説している。
著者:小池 伸介(東京農工大学教授)
1979年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院農学研究院教授。東京農工大学大学院連合農学研究科修了。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地、神奈川県丹沢山地などにおいてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。2024年よりNGO日本クマネットワークの代表も務める。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)など。






