
いま学校現場では、よかれと思って子どもを褒めたら、当人や保護者から「あまり皆の前で褒めないでほしい」と言われて困惑するケースがあります。普通は褒められたらうれしいはずなのに、なぜでしょう。
一見すると奇妙に思えるすれ違いですが、ここには現代の子どもたちが置かれた繊細な心理と、学校全体の指導の在り方に関わる大切な問題が隠されています。
All Aboutの子育て・教育ガイド、鈴木邦明氏の著書『言い方・伝え方でこんなに変わる 保護者の相談・クレーム対応100』(学事出版)から一部抜粋・編集し、現代の教室で起きている「褒めることの難しさ」について、著者自身の教員時代の経験を踏まえて紹介します。
【Q:保護者からの相談】
「先生がクラスの皆の前でうちの子を褒めてくれたようなのですが、子ども自身は目立つことを嫌がっています。あまりみんなの前でおおげさに褒めないでもらえませんか?」
【A:子育て・教育ガイド 鈴木邦明氏の解説】
「普通は褒められたらうれしいはず」と思われるかもしれませんが、これは「変な形で悪目立ちしたくない」という、子どもたちの集団意識や同調圧力からくる訴えです。集団の状況によっては、それが嫌がらせやいじめなどにつながる可能性もあります。
特に思春期になると、そうした意識を持ちやすいようです。だからと言って一律に「皆の前で褒めるのをやめよう」とするのではなく、その子への配慮はしつつも、他の子どもたちは引き続きたくさん褒めていくべきだと私は考えています。
「悪目立ちしたくない」子どもたちを縛る強烈な同調圧力
心理学的にも教育方法論的にも、「褒めること」は間違ったアプローチではありません。「褒め」によって、集団全体に望ましい姿を示すことができれば、他の子どもたちもそれを見本にして取り組みやすくなります。また、褒められた子どもも自分の取り組みを肯定的に評価されたことで、さらに意欲が高まります。「個」においても「集団」においても、よい影響を与えることが多いのです。
私自身も教員時代は、ことあるごとに子どもたちを褒めていました。何か問題を抱えている子どもほど、意識的に褒めるようにしていたと思います。そうした子どもは、それまでの生育の中で叱られることが多く(=褒められた経験が少なく)、自己効力感や自己有用感が低いことが多いからです。特に出会いの時期である4月には、少しオーバーなくらいに長所を見つけ、褒めるようにしていました。
そのように自身を認めてもらえると、子どもの情緒は安定しますし、信頼関係の構築にもつながります。そしてこうした状況が続くと、小さなトラブルも起こりにくくなるはずです。「褒め」の効力が子どもを優しく包み込み、トラブルの種に対するバリアを張るようなイメージでしょうか。私はこの状態を「褒めしばる」と表現していました。いずれにせよ「褒める」という行為自体を控えるのはよくないと思います。
「1つの意見」で全体の方向性を変えてしまう違和感
「褒めないでほしい」と訴えてきた子どもにはそれなりの配慮をしつつも、褒められることを嫌がらない他の子どもたちは、引き続きたくさん褒めていくべきでしょう。
「褒めないで」という要望に限らず、「1つの意見で全体を変えてしまう」のはよいやり方とは言えません。クレームが1つだったということは、それ以外の人は「おおむね問題がない」、もしくは「よい」と感じている可能性が高いからです。大多数の肯定的意見があるにもかかわらず、ごく少数の否定的意見に引っ張られて全体の方向性を決めることには、大きな違和感を抱きます。
少数意見を大事にするのはもちろん大切なのですが、ノイジーマイノリティ(声の大きい少数派)に振り回され過ぎて本来のよさを失わないようにするのも、同じくらい大切なことではないでしょうか。
鈴木 邦明 プロフィール
神奈川県、埼玉県の公立小学校に22年勤めた後、短大、大学での教員養成、保育者養成に移り、現在に至る。現在は、大学での講義を中心に、保護者向けに子育て・教育、教員向けに授業方法・学級経営などのテーマで執筆、講演などに幅広く活躍中。






