ただし、昭和27年4月1日以前に生まれた方(または平成29年3月31日以前に年金の受給権が発生している方)は、繰り下げできるのは70歳までとなり、増額率の上限は42%です。
こうして見ると、「少しでも多く年金をもらいたい場合は、繰り下げを選んだほうが得では?」と思うかもしれません。ところが、実際には繰り下げ受給を選ぶ人は意外と少ないのです。
なぜそのような結果になっているのでしょうか。今回は、その理由を考えてみましょう。
老齢厚生年金を繰り下げ受給した人の割合は1.6%、老齢基礎年金のみを繰り下げ受給した人は2.2%
厚生労働省の「2023(令和5)年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、厚生年金保険(第1号)受給権者の老齢給付の平均年金月額は月約14万6000円(老齢基礎年金含む)。もし、70歳まで繰り下げ受給したら42%増しの約20万7000円、75歳まで繰り下げ受給したら約26万8000円になります。しかし、同調査による老齢厚生年金受給権者の繰り下げ受給状況の推移は次のとおりです。
●2020(令和2)~2023(令和5)年までの繰り下げ受給した人の推移
・2020(令和2)年:1.0%
・2021(令和3)年:1.2%
・2022(令和4)年:1.3%
・2023(令和5)年:1.6%
老齢厚生年金受給権者のうち繰り下げ受給状況の割合は、約100人に1人ですが、わずかに増加しています。
また、同じく国民年金受給権者の繰り下げ受給状況の推移は次のとおりです。
●2020(令和2)~2023(令和5)年までの繰り下げ受給状況の推移
・2020(令和2)年:1.7%
・2021(令和3)年:1.8%
・2022(令和4)年:2.0%
・2023(令和5)年:2.2%
国民年金受給権者のみの繰り下げ受給状況は50人に1人でした。こちらも、老齢厚生年金受給権者と同じくわずかに上昇。確かに「繰り下げ受給」を選ぶ人の割合はごく少数の選択であると言えます。ただし、2020年から2023年にかけては、わずかながら増加している傾向も見られます。
なぜ繰り下げ受給を選ぶ人が少ないのか?
先述した厚生労働省の最新データでは、老齢厚生年金を繰り下げ受給している人はわずか1.6%。また、老齢基礎年金のみの繰り下げ受給は2.2%です。大多数が65歳から受給を開始しています。なぜ「繰り下げ」を選ぶ人は少ないのでしょうか? その理由には以下の3つが考えられます。●「いつまで元気でいられるか分からない……」
厚生労働省の「2024(令和6)年簡易生命表の概況」によれば、日本人の平均寿命は、男性が「81.09歳」、女性は「87.13歳」と、いずれも長生きであることが分かります。また、65歳時の平均余命を見ても、男性で「19.47年」、女性で「24.38年」となっており、老後は長いと言えそうです。
一方、厚生労働省の「健康寿命の令和4年値について」を見てみると、健康寿命(健康上の問題なく生活できる期間)は、男性で「72.57歳」、女性では「75.45歳」です。平均寿命との差は男性で8.52年、女性で11.68年となっています。
こうした数字を見ると、「多くのシニアが長生きなのは事実」ですが、「その元気をいつまで保てるか」は誰にも分かりません。体力・健康状態は人それぞれで、急な病気やケガに見舞われる可能性もあります。そのため、制度的には受給開始を遅らせられますが「健康なうちに確実に受け取りを始めたい」「ゆとりある生活を早く確保したい」と考えるのかもしれません。
●加給年金が受け取れないリスク
「繰り下げ受給」を選ぶと、将来の年金額が増えるメリットがありますが、加給年金が受け取れなくなるリスクもあります。加給年金とは、老齢厚生年金を受給する際、生計を維持している配偶者(65歳未満)や子どもがいる場合に支給される「家族手当のような年金」で、配偶者の加給年金であれば約40万円(年額・特別加算額を含む)にもなります。
しかし、年金の繰り下げすると、その期間中はこの加給年金が一切支給されません。例えば、66歳以降に受給開始を遅らせた場合、その間は扶養家族がいても加給分は支給対象外となります。さらに、繰り下げ後に受給が始まったとしても、加給年金そのものは増額の対象にはなりません。
これより、「繰り下げで年金を増やすメリットはあるけれど、加給年金を失うのは痛手だ」と感じる人もいるのでしょう。
参照:加給年金額と振替加算|日本年金機構
●税金や医療費など負担が増える可能性
繰り下げによって受給額が増えても、その増額分には所得税や住民税がかかるほか、医療費の自己負担が増えることもあり、「年金が増えたのに手取りはそれほど変わらない」という事態に直面する人もいます。
現役時代は、一生懸命働き、税金や社会保険料をしっかり納めてきた方がほとんど。その分、老後は「少し負担を減らして、緩やかに暮らしたい」と考える人もいるのかもしれません。
まとめ
年金は、1年繰り下げれば受給額が8.4%増え、2年繰り下げれば16.8%増える仕組みになっています。投資で同じ利回りを安定的に得るのは難しいため、繰り下げ受給は老後資金を増やす方法として堅実性が高いと言えるでしょう。その際、会社員や公務員など厚生年金に加入している人は、老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方をまとめて繰り下げる必要はなく、どちらか一方だけを繰り下げる選択も可能です。健康状態や就業状況、扶養家族の有無、そして老後にどんな暮らしを望むかを考え、自分らしいライフスタイルに合った年金の受給方法を選びましょう。