
精神的な疾患の症状として、暴言・暴力が見られることも……
さまざまな「ハラスメント」が社会問題として取り上げられ、家庭や学校、職場などでも問題意識が高まっています。この流れは、病院においても例外ではありません。
病院内で起こるハラスメントとして、近年よく話題になっているのが、患者さんから医療従事者や病院職員に対して行われる「ペイシェント・ハラスメント(ペイハラ)」です。病院に対する過剰な要求や、医療者個人に対しての嫌がらせなどが報告されています。
筆者は精神科医ですが、精神科においても、患者さんからの暴言や暴力といった問題があることも現状です。精神病院で診療にあたる、いち精神科医の立場から、現状の問題点と、誤解のないように多くの人に理解していただきたいポイントを述べたいと思います。
精神科における、患者さんからの暴力・暴言の現状
患者さんから医療従事者、病院職員へのハラスメントは、「暴言」「暴力」などさまざまです。実際に、入院患者さんの様子を見に行った看護師が、「あっちへ行け!」「うるさい」「バカヤロウ!」といった言葉を浴びることも、残念ながらあるようです。場合によっては、物を投げつけられたり、噛みつかれたり、その場で暴れたりといった事態も発生することがあるかもしれません。こうした話を聞くと、「病院職員もなかなか大変だなあ」と思われるかもしれませんし、「患者さんは病気でつらい思いをしているのだから、なるべく大目に見てあげてほしい」という意見もあるかもしれません。実際、病院で働く人たちにも、そうした気持ちはあります。
加えて、精神科・精神病院においては、頻度そのものは少ないですが、病気が原因で自傷他害リスクが起こることもあります。「自傷他害の恐れがあること」は、入院適応の基本要素の1つです。そのため、医療従事者も病院職員も、前提として周知しています。一般的にはあってはならない言動があったとしても、病気に起因するものと考えられる場合は、一概に非常識なハラスメントとは考えません。そのため、警察を呼んだり、他院への転院を求めたりするケースは少ないのが現状だと思います。
「自傷他害リスクがある精神疾患」について、知っておくべきこと
一方で、精神科医として強調しておきたいことがあります。それは、精神疾患の患者さんに自傷他害のリスクが認められる場合、統計的には、他人に対する「他害のリスク」よりも、自分自身に対する「自傷のリスク」の方が格段に大きいという点です。実際に、精神疾患の患者さんによる他害が事件のレベルで発生する確率は、一般人口での発生率と同程度の数字になっています。「精神疾患を持っているから」と根拠もなく危険視するのは、差別的な考え方にもつながります。周りの人も含めて疾患を正しく理解することが、患者さんの回復のためにも重要です。
もちろん、病気が原因だからといっても、他人への暴力や暴言自体は受け入れがたいことです。疾患の特性を理解しているとはいえ、病院職員もそうした言動がストレスになってしまうことがあります。患者さんからの言動によって、病院職員が不眠や気持ちの落ち込みなどの問題を抱えてしまうケースがあることも、皆さまに知っていただきたいことの1つです。病院職員の心身も守られるべきですし、もし看過できないような問題が発生した場合には、適切に対処をしていく必要があります。
病気を正しく理解し、患者さんと医療者のそれぞれが適切に扱われるように意識しながら、病気の治療にあたらなくてはならないのです。