タイピングより手書きの方が、脳に有利な影響?
タイピングや手書きが脳に与える影響
とはいえ、デジタル化が進んでいる今、文字をきれいに書けるよう練習する必要が本当にあるのだろうかとふと疑問に思うこともあるでしょう。
手書きの“必要性”と、脳科学から考える手書きの“重要性”という観点を合わせて、子どもの文字が汚くなりがちな原因やその具体的な対処法を考えていきます。
子どもの字が汚くなる原因とデジタル化が進む今の手書きの必要性
実は、子どもの文字が汚くなりがちなのは、仕方がないことでもあるのです。そもそも「書く」という経験を積んでおらず、鉛筆にも文字にも慣れていません。当然、バランスよく書くのは難しいですし、考えるスピードに文字を書くスピードが追いつかず、その差が「雑な文字」という形で表れてしまうこともあります。また、授業でもデジタルデバイスで作成した作品をオンラインで共有することが増えているため、文字がきれいでほめられたり、逆に文字が汚くて恥ずかしくなったりする機会が、親世代よりは減っています。つまり、自分の文字を客観的に見る機会が少ないということも、きれいに書けない(書かない)理由だといえるでしょう。
さらに、性格的に大雑把な子、「文字の美しさ」に価値を感じない子もいます。
では、デジタル化が進んでいる今、手書きの必要性はあるかというと、 現段階ではまだ「手で書く」力は必要です。将来のことはわかりませんが、少なくとも今の子どもたちには、テストやノート、メモ、模造紙やホワイトボードに文字を書くことがまだあるはずですから、デジタル入力に頼らずに「書く」という力は必要といえるでしょう。
字を書く重要性とは? 脳の機能から考えた手書きにはメリットが
普段デジタルデバイスを使っていても、アイデアは手書きの方が出やすい、という声もよく耳にします。実際に、手書きが脳の発達や理解度にも影響を与えるということは、数々の研究で明らかになっています。手書きは、タイピングよりも話し手のことばを自分の表現に置き換えてメモをとる傾向にあり、理解度も高いことなどを明らかにしたミューラーとオッペンハイマーの実験(2014)はよく知られています(※1)。
また、手書きとタイピングにおける脳の活動量の違いを測定し、「書く」という行為が脳に及ぼす影響について取り上げた論文でも、国語教育において作文などを行う際には、手書きの方が、言語の中枢であるブローカ野周辺の担う機能の成長が期待できると指摘されました(※2)。
さらに、京都大学医学部の研究グループの行った研究では、「手書きの習得が高度な言語能力の発達と関連し、漢字書字能力が高い人ほど結果的に文章作成能力が高くなること」がわかりました。さらに、「早期のデジタルデバイスの利用が漢字の手書き習得に抑制的な影響を及ぼした場合、その影響は手書きを必要としない様々な言語・認知能力の発達にまで及ぶ可能性」があるとも述べられています(※3)。
デジタル化、手書きの機会減少……親は子どもの字とどう向き合う?
以上のように、現段階では、手書きには必要性も重要性もあると考えられますが、それでも、予想される手書きの機会の減少とわが子の「字の汚さ」とを、親はどう捉えればよいのでしょうか。限られた時間の中で、将来不要になるかもしれないスキルにどこまでこだわるかの判断は、とても難しいですね。また、中学受験、高校受験の「内申書」「調査書」対策など、親が不安になるタイミングもあります。そんなときは、未来ではなく、今の子どもを起点に考えることをおすすめしています。
「子どもが成長したころには、手書きの機会はほとんどないかもしれない」というのは、あくまでも予想ですから、もし、今お子さんの文字が「汚い」と感じているのであれば、伝え方を変えてみましょう。
× 「将来困るよ」「汚い字だなあ」「もう少しきれいに書いて」
〇 「文字同士がつながっていると、少し読みづらいよ。離して書くといいね」「『見』が『貝』に見えるから、減点になってしまったんだね」
「字がきれい」という表現には「美しい」だけではなく、「正確」「ていねい」「読みやすい」などの意味も含まれています。自分のためだけであれば「読めればいい」のですが、誰かに読んでもらうものであれば、きれいであることも大切ですね。ですから、自分用のメモ以外の文字も汚いのであれば、これは、今のお子さんにとって必要なアドバイスです。
ただし、どの程度改善するのか・しないのかは、結局本人次第。残念ながら、親が期待するほど、親のことばが子どもに響かないことがある、ということは心に留めておいてください。
それでは、ここからは、親のできるサポートを具体的にお伝えしていきます。
「汚い字」をなんとかしたい! 親のできるサポートは
1. 子どもと話すときは、“主観を除き”具体的に文字について子どもに話をするときのポイントは、「正確さ」「読みやすさ」を軸に説明すること。こう書くと不正解となる、点の位置がおかしいなど、具体性がある方が、子どもには伝わりやすいでしょう。逆に、「字が汚いよ」「もっとちゃんと書いたら」と言ってしまうと、子どもは否定されたと感じ、かえって反発しがちです。
※漢字の「何を正解とするか」については「漢字の「とめ・はね・はらい」で減点?小学校「学習指導要領」における採点基準の難しさと違和感」をご参照ください。
2. 手書きに触れる機会を増やす 子どもがくれるお手紙は、文字だけでなく、紙や筆記用具のチョイス、折り方など、どんどん変化していきますよね。そのすべてが成長の証です。
さて、そんな大切なお手紙に、お返事はしていますか? 身の回りのデジタル化が進み、子どもが親の文字を見る機会も減っています。ひとことでもよいので、大人もていねいで読みやすい文字で、子どもにお便りをしてみてください。
3. 手書きの文字の魅力を味わう
書道、ポスターの文字、お店のポップなどで、手書きの文字の魅力を知ることが、モチベーションにつながることもあります。手書きだけでなく、身の回りのデザインに興味を持つきっかけになるかもしれません。
ちなみに現在小学校5年生の筆者の息子は、宿題の書き初めはササッと済ませてしまったものの、その後、人気バレーボールマンガ『ハイキュー!!』の各学校の横断幕の文字を、何時間も真剣に書いていました。端正・優雅・力強いなどいろいろなタイプの文字の魅力を知ることができたようです。何が、その子の「きれいな」文字への入り口になるかは、わかりませんね。
横断幕の一例(楽天KOKKAオンラインショップより)
子どものタイプ別フォローの仕方
■正確で読みやすい文字が、書けるのに書かない子きれいな文字が書けるのに、自分の意志で「書かない」子は、そのように書く必要性が理解できれば、気を付けるようになることが多いようです。
たとえば、
- テストで正しい解答を書いたのに、採点者に読めずにバツにされてしまう。
- 自分で書いた文字が読めず、計算ミスをしたり、解答欄に転記するときに間違えたりする。
- ノートの点数が下げられる。
など、「字が汚いことで困る」という体験が、文字をていねいに書くきっかけになるでしょう。
■正確で読みやすい文字が書けない子
文字を書く経験を積むことで、徐々に、速くきれいに書けるようになっていきます。特に低学年のうちは、以下のポイントを見直してみてください。
- 鉛筆を正しく持つ。
- 鉛筆を使う機会を増やす(色鉛筆でのお絵描きでもよい)。
- 鉛筆の芯をよりやわらかいものにする。
- 下敷きを、厚手のソフトタイプのものに変える。
- 姿勢を見直す。
- 「正しい字の形」を大人と一緒に確認する。
お手本を見るのが苦手なお子さんの場合、書き始めの位置、正しい点の位置を意識するだけで、見やすい文字が書けるようになることもあります
なお、学習障害(LD)や注意欠如・多動症(ADHD)で、文字を書くのが難しいこともあります。もし、ほかの発達には大きな遅れがないのに、子ども本人が「書き」に困難を感じていたり、子どもの様子に心配があったりする場合は、学校や地域の保健センターなどで相談してみましょう。
■雑な文字を書くのが習慣になってしまった子
書くスピードを重視する子は、走り書きが習慣になり、線を真っ直ぐひいたり、一点一画を明確に書いたりすることが難しくなり、いつの間にか正確に文字が書けなくなることがあります。早めに声をかけてあげてください。
書く練習をするときは、大きめのマスのノートがおすすめです。マスの大きさに合わせて文字を書くことになりますから、一字をしっかりと意識できます。小さくササッと書いていたときには、気づけなかった誤りの発見にもつながります。
相性もありますが、デジタル教材での漢字学習も有効です。
また、話題の中学受験マンガ『二月の勝者』7巻のとめ・はねが書けていないことが原因で減点されるエピソードなどは、子どもにもわかりやすく、走り書き解決のヒントになると思います。
■「疲れる」という子
書くことや鉛筆に慣れていないと、疲れてしまうことがあります。この場合は、上の「正確で読みやすい字が、書けない子」を試してみてください。
また、タイピングに慣れてくると、「手書きは疲れる」と言って雑な文字を書くようになることも。「疲れる」「面倒くさい」などは、親が反応してしまいがちなネガティブワードですが、大人も、長い文章などはデジタル入力の方が楽なはずですし、子どものデジタル入力が上達した証でもあります。聞き流したりほめたりしつつ、必要に応じたサポートをしてみてください。
アナログ・デジタルをバランスよく
ひとつ気を付けていただきたいのは、「これからはデジタルだから」「手書きが脳にいいから」などといった理由で、親が、子どもの「書く」ツールを、手書きかデジタル入力かに限定する必要はないということ。
手書きのできるタブレットや電子ノート、デジタル化前提に作られたノートなど、アナログとデジタルとを組み合わせたようなデバイスも進化してきていますね。
子どもが両方の利点を理解し、目的に応じて選び使えるようになるよう、機会や環境を用意することが大切です。
【参考資料】
※1 The Pen Is Mightier Than the Keyboard: Advantages of Longhand Over Laptop Note Taking(SAGE Journals)
※2 川原淳(2020)「『手書き』と『タイピング書字』における脳の言語機能に及ぼす影響の比較― NIRSを用いた統計的な調査―」『早稲田大学国語教育研究』40, 63-73
※3 京都大学HP「漢字の手書き習得が高度な言語能力の発達に影響を与えることを発見― 読み書き習得の生涯軌道に関するフレームワークの提唱―」(2020)
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