認知症

アルツハイマー病の脳で起こっていること…なぜアミロイド仮説がたてられたか

【脳科学者・認知症研究者が解説】日本の認知症の半数を占める「アルツハイマー型認知症」。アルツハイマー病の脳には、「海馬の萎縮」「老人斑」「神経原線維変化」の3つの特徴的な変化が見られます。アルツハイマー病の原因として「アミロイド仮説」が提唱された理由と共に、これらの特徴をわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

アルツハイマー病に特徴的な3つの脳病変

アルツハイマー病のアミロイド仮説はどうやってたてられたか

アルツハイマー病の3つの特徴とは


現在の日本における認知症高齢者のおよそ半数が、アルツハイマー病を原因とした認知症「アルツハイマー型認知症」であると言われています。

認知症の原因となる神経変性疾患…アルツハイマー病とは」で解説したように、アルツハイマー病は、原因不明に特定の脳領域の神経細胞が徐々に死滅していく「神経変性疾患」の一つで、その病名はドイツの精神科医であるアロイス・アルツハイマー博士が発見したことに由来しています。

アルツハイマー博士が明らかにした、この病気の特徴的な脳病変は次の3つです。
  1. 海馬の萎縮
  2. 老人斑
  3. 神経原線維変化

それぞれについて、順に解説しましょう。

1. 海馬の萎縮
脳の海馬の働き・機能…記憶や空間認知力に深く関係」で解説したように、海馬は大脳辺縁系に属し、記憶の形成を担っていますから、「海馬の委縮」が起きてしまうと、見たり聞いたり体験した事柄が頭に残らなくなってしまうという記憶障害が生じます。

2. 老人斑
「老人斑」は、老人の脳に見られるシミのようなものという意味で名付けられましたが、具体的な構成成分が調べられた結果、「アミロイドβタンパク」と呼ばれる物質がたくさん溜まって、かたまりになったものであることが分かりました。

3. 神経原線維変化
神経原線維は、神経細胞の中には骨組みのようなもので、これが正常であれば、神経細胞がきちんと形を保って機能を発揮できるのですが、それが何らかの理由でおかしくなって、糸くずのようにごちゃごちゃに絡み合ったように神経細胞の中にたまって見えるのが、「神経原線維変化」です。この変化は、病気の原因というよりは、結果的に神経細胞が死ぬときにこういう異常が伴うのではないかと考えられています。

この特徴的な3つの病変は、アルツハイマー病であると確定診断するために必要な、重要な病理所見と位置付けられています。
 

アルツハイマー病の3つの脳病変が起こる順番

アルツハイマー病がなぜ起こるのかは、まだ完全に解明されていませんが、特徴的な病変について詳しく解析することによって手がかりが得られるに違いないと考えられ、今なお研究が続けられています。そして、そうした研究成果の一つとして、アルツハイマー病の発症機序を説明する「アミロイド仮説」が提唱されました。

アミロイド仮説が支持される3つの理由と治療薬開発の課題」でも解説したように、「アミロイド仮説」は、老人斑の主要構成成分であるアミロイドβが発症の原因物質であるという考えです。また、アルツハイマー病患者の脳で起きる病変の時間経過については、アミロイドβの蓄積と老人斑の形成が最初に起こり、それに遅れて神経原線維変化が起こり、最終的に海馬を中心として脳の神経細胞が死滅していき脳の萎縮が起こると考えられています。

しかも、このプロセスは、急に起こるわけではなく、数十年かけて徐々に生じると考えられています。例えば、70歳で発症した方の場合、もう40~50歳代のころから、脳の中では病変が始まっていたということです。より具体的には、アミロイドβの蓄積と老人斑の形成は、発症の20年以上前から起こり始めており、次いで発症の10年くらい前から神経原線維変化が起こり始めると考えられてます。下図はこの仮説をまとめたものです。
アルツハイマー病,老人斑,神経原線維変化,アミロイド仮説,時間経過

アルツハイマー病に特徴的な脳病変「老人斑」、「神経原線維変化」、「症状」が起こる典型的な時間経過
 

アルツハイマー発症前の脳病変、時間経過はどうやって推定されたのか

ところで、みなさんは、上の図を見て不思議に思ったことはないでしょうか。よく考えてみてください。もしあなたが「何かおかしいな」と感じて病院で初めて診てもらったとすれば、その時点ではもう認知機能が低下してしまっていて、何が発症の引き金になったかも知りようがありませんね。ほとんどの患者さんが同じで、発症する20年以上前に自分の脳の中で起きていたことなんて分からないはずです。なのに、どうして上のような図が推定できるのでしょうか。

実は、アルツハイマー病には、遺伝性のものと非遺伝性のものがあり、上で説明した経時的変化は、遺伝性のアルツハイマー病の患者さんを追跡調査して分かったことなのです。

遺伝性のアルツハイマー病は、生まれつき遺伝子に異常があり、それが原因で過剰なアミロイドβの産生・蓄積が起こり、比較的若い年齢で認知症を発症します。またその遺伝子異常は子へと受け継がれるため、特定の家系で認められることから「家族性アルツハイマー病」とも呼ばれています。そして、遺伝子異常があるかどうかは検査をすればすぐに分かるので、発症前の遺伝子検査によって「将来アルツハイマー病になる」リスクを知ることができ、発症の何十年も前から定期検査を受けることで、脳病変の経時的変化を追うことができたのです。

ただし、アルツハイマー病全体のうち、遺伝性のものはごく一部(5%未満)です。ですから、上の図で示されているのは、あくまで一部のアルツハイマー病で調べられたことであり、とくに遺伝と関係なく発症する大部分のケースで同じことが起きているかどうかは、本当のところはわからないのです。
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