認知症

アミロイド仮説が支持される3つの理由と治療薬開発の課題

【薬学博士、認知症研究者が解説】アルツハイマー病によって起こる「アルツハイマー型認知症」。治療薬の開発が世界中で待ち望まれていますが、まだ有効性を示せた薬はありません。治療薬開発の現場で、「アミロイド仮説」が支持されている理由、それにも関わらずまだ有効な薬が見つかっていない理由についてわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

アルツハイマー病のアミロイド仮説は正しいのか?

アルツハイマー病の新薬は

アルツハイマー型認知症を起こすアルツハイマー病。治療薬の開発が世界中で待ち望まれていますが、まだ有効性が確認されたものはありません

現在の我が国における認知症患者のおよそ半数は、アルツハイマー病によって引き起こされた「アルツハイマー型認知症」であると言われています。

アルツハイマー病は神経変性疾患の一種で、発症すると、脳の海馬や側頭葉を中心に神経細胞が死滅することで、記憶障害や認知機能の低下が徐々に進行します。いまだに原因は解明されていませんが、「老人斑」並びに「神経原線維変化」と呼ばれる特徴的な脳病変が認められることから、これら病変部を詳しく調べる研究が世界中で行われてきました。とくに「老人斑」の主要構成成分として「アミロイドβタンパク(Aβ)」が発見され、アルツハイマー病を引き起こす原因物質と目されています。そして、アミロイドβタンパクがアルツハイマー病の発症に関わるという考えは「アミロイド仮説」と呼ばれ、アルツハイマー病治療薬の開発は、この仮説に基づいて進められてきました。

しかし、アミロイドβタンパクをターゲットとして作用し、脳内のAβ蓄積量をを減らすか、Aβの働きを阻害できると期待される薬を臨床試験でテストしても、アルツハイマー病の進行を食い止める効果が確認できないというケースが相次ぎ、アミロイド仮説そのものが間違いではないかという懐疑的な意見も出てきています。

そこで今回は、今後のアルツハイマー病治療の今後を考えるための基本事項として、そもそもアミロイドβタンパクがアルツハイマー病の発症に関わると考えられるようになった根拠は何だったのかを、詳しくかつ分かりやすく解説します。
 

アミロイド仮説が支持される理由1. ネズミはアルツハイマー病を発症しない

アミロイドβタンパクとは…アルツハイマー病の原因物質と考えられている理由」で解説したように、アミロイドβタンパクはアミノ酸40~43個から成る小さなタンパク質で、構成するアミノ酸の並びも解明されています。Aβの遺伝子はヒトだけでなく、他の動物も持っていますが、ほんの少しずつ違います。研究のために用いられる実験動物の代表であるマウスやラットなどのげっ歯類(ネズミ)のAβは、ヒトのAβとわずか3つだけアミノ酸配列が違っています。それくらい違うだけならその性質はあまり変わらないだろうと思われるかもしれませんが、実際には3つのアミノ酸が違うだけで、その機能に大きな差異が生じていることが分かりました。具体的には、ヒトのAβは、βシート構造を形成して凝集し「Aβ線維」と呼ばれる構造体を形成して、最終的に老人斑となります。しかし、アミノ酸が一部違うだけで、ネズミのAβは凝集することができず、アルツハイマー病の特徴である老人斑を作らないのです。

この事実は、Aβが凝集して脳にたくさんたまることが、アルツハイマー病を引き起こしていることを裏づけています。
 

アミロイド仮説が支持される理由2. Aβに関する遺伝的変異とアルツハイマー病の関連

1984年にAβが発見された後、私たちの体内でどうやって産生されているのかが研究された結果、1987年には「アミロイド前駆体タンパク質(APP: amyloid-beta precursor protein)」の遺伝子が見つかり、AβがAPPに由来することが明らかにされました。ヒトのAPPをコードする遺伝子は21番染色体上にあり、それが読み取られて作られるのは、アミノ酸が639~770個つながった大きなタンパク質でした。APPに、特定のタンパク質分解酵素(βおよびγ-セクレターゼ)が作用して分解されると、Aβが切り出されることも分かりました。

また、APPに関する解析が進むうちに、ある特定の家系に限ったAPP遺伝子の変異が見つかり、親からこの遺伝子変異を受け継いだ子が、親と同じように若くしてアルツハイマー病を起こすことが明らかとなり、「家族性アルツハイマー病」と呼ばれました。これまでに、家族性アルツハイマー病のケースは世界中でたくさん報告されていますが、その多くにおいて、APPにβ-セクレターゼおよびγ-セクレターゼが作用して切断されるところに変異があるため、APPからAβが過剰に切り出されて脳内に蓄積しやすくなっていました。

Aβの産生に異常があればアルツハイマー病が起こるという実例が示されたことで、アミロイド仮説は、ますます信ぴょう性が高くなりました。
 

アミロイド仮説が支持される理由3. ヒトのAβでネズミがアルツハイマー病を発症した!

上述したように、もともとマウスはアルツハイマー病を発症しません。そこで、ある研究者が、マウスの体内でヒトのAβが過剰に産生されるように遺伝子操作するという実験を試みました。具体的には、上述した家族性アルツハイマー病の変異したAPP遺伝子をマウスに組み込んだのです。そうすると、そのマウスの脳内では、ヒトのAβがたくさん作られて老人斑ができ、さらにそのマウスは記憶障害を発症しました。もはや、アミロイド仮説を疑う余地はなくなりました。

「アルツハイマー病になるネズミ」が誕生したことは、アルツハイマー病の発症機序を解明するのに役立っただけではなく、治療法を研究するうえでも大きな進歩をもたらしました。治療薬を見つけて開発を進めるためには、候補となる化合物の有効性と安全性を確認する必要がありますが、いきなりアルツハイマー病の患者さんに与えるわけにはいきません。その前段階として、動物実験で検証する必要がありますが、人間以外の動物がアルツハイマー病を発症しないことから、従前は調べられることに限界がありました。新たに遺伝子操作によって生み出されたネズミは、「アルツハイマー病モデル動物」として確立され、治療薬候補の効果を調べるのに広く利用されるようになりました。
 

アミロイド仮説に基づいた治療薬開発……臨床試験でまだ有効性を示せない理由

これだけの証拠がそろえば、アミロイド仮説が支持され、それに基づいて治療薬が開発されてきたのも当然だとみなさんも納得していただけるでしょう。

しかし、Aβの産生や蓄積を防ぐと期待される数々の治療薬候補を、アルツハイマー型認知症の患者さんを対象とした臨床試験でテストしても、はっきりとした有効性が確認できなかったケースが相次いでいます。正確な数字は不明ですが、おそらく何十種類もの化合物が、世界中の臨床試験で検討されてきたものの、成功した例は一つもないのが現実です。一体どういうことでしょうか。

本当のところはまだ分かりませんが、長年にわたりアルツハイマー型認知症治療薬の探索を行ってきた研究者の一人として、私の考えを最後に述べさせていただきます。

アミロイド仮説そのものは決して間違いではないと思います。上で紹介した、APP遺伝子の変異を有する家族性アルツハイマー病のようなケースでは、Aβの産生や蓄積を阻止する薬を使えば、発症を防ぐことはできるでしょう。この意味で、アミロイド仮説に基づいた治療薬研究は続けていくべきです。

ただし、いまの診断基準で「アルツハイマー病」と判断されるケースには、様々なタイプが混在しているのではないかと思います。世界中で4000万人前後いると推定されているアルツハイマー病患者が、みんな同じ要因で発症しているとは思えません。Aβが原因になっている場合もあれば、そうでない場合もあるに違いありません。そのような多種多様な集団に対して、Aβの産生や蓄積を阻止する薬を使っても、効く人と効かない人が混在していて、そのデータ全体をまとめて評価しても、はっきりしない結果しか得られないのは当然ではないでしょうか。

つまり、アルツハイマー病は、より細かく病型分類する必要があるのかもしれません。年齢、症状、脳の病理所見、血液検査、脳画像検査などに基づいて、たとえばⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型のように分類し、アミロイド仮説があてはまるタイプにはAβ関連薬が用いられ、アミロイド仮説があてはまらないタイプには別の薬…というように使い分けるのが望ましいのではないかと考えます。

今後も、アルツハイマー病研究がさらに進歩することを期待しましょう。
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